旅 瀬戸内(たびせと)    石垣原合戦 吉弘統幸陣所跡 GoogleMap    
   
     
     
     
  石垣原合戦 吉弘統幸陣所跡      
  石垣原合戦 大友方右翼の将 吉弘嘉兵衛統幸(むねゆき)陣所跡
この「坂本」の台地一帯は、天下を二分して戦われた関ヶ原の戦いの二日前の慶長5(1600)年9月13日に、西軍石田三成方についた旧豊後国二十二代大友義統(よしむね)と、東軍徳川家康方の前中津城主黒田孝高(如水)が激突した、いわゆる石垣原の合戦において、大友方右翼の将としてその名を馳せた吉弘嘉兵衛統幸の陣があったとされる。
吉弘統幸は旧主君挙兵の報を聞き豊後立石村にはせ参じ、この合戦において鬼神のごとき活躍で二十数騎の敵将を討ち取り、黒田軍をおおいに苦しめたが、七番掛けで遂に力つき討ち取られたといわれる。
行年三十八歳であった。
      平成10年2月
           別府市教育委員会
(現地案内板)
 
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      別府湾・別府市街ー吉弘陣所跡よりー       
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