旅 瀬戸内(たびせと)

国指定史跡 永福寺(ようふくじ)GoogleMap
   
     永福寺跡石碑  
     
    永福寺跡    
  国指定史跡 永福寺(ようふくじ)
永福寺は源頼朝が建立した寺院で、源義経や藤原泰衡をはじめ奥州合戦の戦没者の慰霊のため、荘厳なさまに感激した平泉の二階大堂大長寿院を模して建久3年(1192)に、工事に着手しました。
鎌倉市では、史跡の整備に向けて昭和56年(1981)から発掘調査を行い、中心部の堂と大きな池を配した庭園の跡を確認しました。
堂は二階堂を中心に左右対称で、北側に薬師堂、南側に阿弥陀堂の両脇堂が配され、東を正面にした全長が南北130mに及ぶ伽藍で、前面には南北100m以上ある池が造られていました。
鎌倉市では、昭和42年(1967)度から土地の買収を行っており、現在史跡公園として整備事業を進めています。
                                        鎌倉市教育委員会
(現地案内版)
                                                                  発掘調査でわかった建物と庭園
 
     
             
   礎石    テニスコート      
  礎石について
ここに展示してある大きな石(上の写真)は、永福寺の復元で”礎石”「に使うものです。
礎石とは、建物の柱等を支える土台石のことです。
昭和58年の発掘調査において発見された礎石は、歴史書の吾妻鏡に記される三堂(二階堂・薬師堂・阿弥陀堂)の存在を明らかにする、重要な証拠となりました。
実際に発見された礎石は遺跡の中に眠っていますが、平成24年度に行う復元では大きさ・形質とも発見された礎石と近似したものを使用します。
直径1m以上にもなる土台の大石は、創建当時の永福寺の壮大さを端的に伝えるものです。
                                    鎌倉市教育委員会
(現地案内版)
                                                    基壇平面図
 

Home 平家物語(源平)ゆかりの地を歩く旅へ 源頼朝による幕府創建の地鎌倉へ 白旗神社へ