旅 瀬戸内(たびせと)

豊巧神社 GoogleMap
     
    豊巧神社   
     
   豊巧神社境内     祈願の鐘  
  旧県社豊巧神社(とよことじんじゃ)由緒
この宮崎の地には、古くから串崎若宮(磯崎八幡宮ともいう)が祀られていました。
慶長7年(1602)毛利秀元が当地に城を構えるにあたり、毛利氏守護神宮崎八幡宮を安芸国より勧請して中殿に祀り、左殿に櫛崎八幡宮を移し、右殿に高良大明神を祀って宮崎八幡宮と称し、毛利光広の時に松崎八幡宮と改称しました。
天保5年(1834)毛利秀元の霊嗣に豊功大明神の称号が許され、慶応2年(1866)豊功霊神をはじめとする霊社が忌宮神社境内に創建されて豊功社と名付けられ、明治10年には豊功神社と改称した。
さらに大正6年(1917)6月には松崎八幡宮と合祀することとなり、現在地に移遷しました。
昭和44年(1969)火災により社殿が消失したため城郭造りの拝殿と仮本殿が造営され平成12年御祭神長府開藩400年没後350年、翌13年は豊功神社御創建85式年を迎えることとなり、本殿御造営を始めとする記念事業を計画、13年11月めでたく御祭神ゆかりの津軽檜葉を用いた神明造りの御本殿が完成し盛大な式年大祭が斎行されました。
境内は満珠・千珠の二島(国の天然記念物に指定)を展望する絶景の地で神域公園として参拝者にその景観を提供している。
特に元旦は初日を拝む人で賑わい、氏子崇敬者の憩いの場であるとともに青少年の一大教化活動の場としても活用されている。
御祭神
左澱 櫛崎八幡大神(開運発展の神様)
中澱 豊功大明神(文武両道の神様)
右殿 大国主大神(医薬縁結びの神様)
境内社
龍神社(一千年前より奉祀)
串崎稲荷神社(商売繁盛の御神徳高し)
七福神社(除災招福の神)
秋葉社(火除けの御神徳高し)
(現地案内板)
 
     
           
   末社ー豊功神社ー    宝物館ー豊功神社ー    門司方面ー豊功神社よりー  
  豊功神社宝物
御祭神ゆかりの御宝物は約90点に及んでいるが、その中でも茶道に造詣の深かった藩祖秀元公に相応しく茶道具の名器逸品が目立つ。
特に寛永17年(1640)9月16日、秀元公が亭主となって将軍徳川家光や御三家、幕閣、諸大名などを将軍家の品川御殿に招いて開いた大茶会で使用された「瓢箪釜」や「利休茶杓」などは、茶人大名としての秀元公の名を不朽たらしめる価値を有している。
(現地案内板)
年中祭祀
1月1日           歳旦祭・日の出太鼓
2月初午の頃       串崎稲荷神社例大祭
4月第2日曜日       春季大祭
6月             報国隊祭
7月             七福神社・大国祭り
仲秋の名月の頃     観月祭
11月7日前後の日曜日 秋季例大祭
境内施設
ねぶた絵馬堂(御祭神と津軽の御縁による)(現地案内板)
    
 

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