旅 瀬戸内(たびせと)

東大寺大仏ー盧舍那仏(るしゃなぶつ)
     
     大仏  
     
    盧舍那仏   大仏   
  東大寺大仏ー盧舍那仏 国宝 昭和33(1958)年2月8日指定
高さ14.98m、顔の幅3.2m 鼻の高さ0.5m 鼻の幅0.98m 蓮華座の周囲(下段)69.6m 蓮華座の周囲(上段)61.0m
頭部は江戸時代、体部はほとんどが鎌倉時代の補修、台座、右脇腹、両腕から垂れ下がる袖、大腿部などは天平時代。
大仏の歴史
聖武天皇が、鎮護国家の目的で全国に国分寺を創建するとともに東大寺の本尊として盧舍那仏を造立、天平勝宝4(752)年 開眼法会
その後、斉衡2年(855)年地震で頭部が落下、真如法親王により修復事業、貞観3(861)年開眼供養
治承(1180)4年12月28日、平重衡の兵火で東大寺伽藍の大半を焼失、重源上人により東大寺伽藍の復興造営事業、文治元(1185)年に後白河法皇も出席して開眼法要が行われる。
続いて建久6(1195)年3月12日には、源頼朝出席の下、大仏殿再建の落慶供養が営まれる。
永禄10(1567)年三好松永の乱による兵火で大仏殿をはじめ東大寺伽藍の多くが灰燼に帰する。
貞享元(1684)年公慶37歳の時、大仏殿の再興と諸国勧進を江戸幕府に訴え許可を得る。
大和出身の護持院隆光の協力により、五代将軍綱吉、桂昌院、柳沢吉保らの援助を得て大仏の開眼供養を元禄5(1692)年、大仏殿の落慶供養を宝永6(1709)年に行う。
 
         
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