旅 瀬戸内(たびせと)

東大寺 GoogleMap
           
     東大寺 大仏殿  
       
  東大寺大仏ー盧舍那仏(るしゃなぶつ)     東大寺 南大門   
  東大寺
東大寺の大伽藍は、聖武天皇の発願になる蘆舎那大仏(るしゃなだいぶつ)が大和国分寺の本尊として造立されたのが契機となって成立した。
大仏開眼供養会(かいげんくようえ)が営まれたのは天平勝宝4年(752)、開基は良弁(ろうべん)僧正。
東大寺では、天下太平万民豊楽が祈られるとともに、華厳(けごん)教学を中心に仏教全般にわたる教理研究が行われた。
その後二度も兵火に罹ったが、創建期や鎌倉復興期の建物や仏像などの優れた文化財、修二会(しゅにえ)(お水取り)に代表される広汎な信仰活動を今に伝えている。
(現地案内板)
                                                                 東大寺境内案内図
 
       
  東大寺 中門・大仏殿    東大寺 東南院旧境内   東大寺 中門  
史跡 東南院旧境内
寺地が大仏殿の東南に位置することから東南院と称せられ、白河上皇の御幸以来、天皇・上皇の御所となり、南都御所ともいわれた。
鎌倉時代、後白河法王や後醍醐天皇の行在所、或は大仏殿落慶供養会に臨席した源頼朝も当院に滞在した。
(現地案内板)
史跡 東大寺旧境内
東大寺は、聖武天皇が国家の安泰と繁栄を祈る為に建立された寺で、その規模の雄大なことは、世界に比類がなく、平城宮と並んで奈良時代を代表する史跡である。
創建後の変遷はあったが、大仏殿(江戸時代国宝)を中心として北方に大講堂跡、僧坊跡、食堂跡、正倉院(奈良時代)南方に南大門(鎌倉時代 国宝)、法華堂(三月堂 奈良時代 国宝)、西方に戒壇院があっていまなお盛時の姿をしのぶことができる。
境内もきわめて広大で平地部から山間部にわたり現境内よりはるかに広かった。
西端は平城京の東京極路で現在の手貝通りに面しこれに沿って、転害門(奈良時代 国宝)、中門跡、西大門跡等があり他の三面もまたその旧規をとどめている。
史跡東大寺境内は、この奈良時代の境内の姿を保存するために昭和7年7月23日に国の史跡に指定されたもので歴史上価値の高いところである。
     昭和59年3月31日
        奈良県教育委員会
(現地案内板)
東大寺 鏡池 東大寺 東塔跡 東大寺 真言院(東大寺勧学院)
東大寺 鏡池
大半の観光客は、南大門から中門、大仏殿、大仏と直接大仏まで行っているが時間が許す限り別の角度から伽藍の配置を眺めてみるのも良いもの。
東大寺 東楽門 東大寺 中門と回廊 東大寺 指図堂
東大寺 指図堂(円光大師霊場第十一番勧進所)
平重衡の兵火によって焼失した東大寺を復興するため、俊乗房重源上人を勧進職に推挙した法然上人(円光大師)の御画像を奉祀している。
 
東大寺 勧進所 東大寺 戒壇院 東大寺 千手堂
東大寺 勧進所
重源が、平重衡による兵火で焼失した東大寺再興のため勧進(寄付金の募集)をするための本拠とした所。境内には、阿弥陀堂、八幡殿、公慶堂、経庫などがある。
東大寺幼稚園 東大寺 中御門 二ツ池(大仏池)
東大寺 中御門
東大寺大仏殿の後の道路を西に突き切った所にある。慶長11年(1606)に焼け落ちて以来焼門(やけもん)と呼ばれているとのこと。礎石のみが残っている。

二ツ池(大仏池)
この辺りまでくると観光客はほとんど通ることなく、東大寺学園幼稚園へ園児を車で送るお母さんや東大寺出入りの人々、車が時々通るのみ。
正倉院 東大寺 講堂跡 東大寺 高麗門
正倉院
正倉(校倉)はもと東大寺の宝庫で奈良時代に建造されたものである。尓来千二百余年の間聖武天皇の御遺物をはじめ数々の貴重な宝物がここに納められてきた。
現在宝物は防災設備を施した構内の新宝庫に移してある。
                      平成13年1月 宮内庁
(遠地案内板)
東大寺 光明皇后歌碑 東大寺 大湯屋 東大寺 宝珠院
東大寺 光明皇后万葉歌碑
わが背子と二人見ませば 幾許(いくばく)か この降る雪のうれしからまし     巻8-1658 「冬の相聞」より
東大寺 大湯屋 重要文化財 東西8間 南北5間
奈良時代の創建。温室或は大湯屋ともいう。内部に鉄湯船あり。中世の洗浴の貴重な遺構である。
東大寺 二月堂参道 東大寺 中性院 東大寺 二月堂
東大寺 二月堂
旧暦の2月に「お水取り」(修二会)が行われることからこの名がついた。
東大寺の多くの伽藍が焼失した治承4年(1180)の平重衡の兵火の時は、このお堂は焼失をまぬがたがその後、寛文7年(1667)お水取り中に失火で焼失、寛文7年(1669)に再建。

本尊:十一面観世音菩薩 絶対秘仏
東大寺 飯道神社 東大寺 不動堂 東大寺 法華堂(三月堂)
国宝 東大寺 法華堂(法華堂)−三月堂
東大寺最古の建物で、天平19年(747)頃までに建てられたと推定されている。
本尊 不空羂索(ふくうけんさく)観音像をはじめ、日光(にっこう)・月光(がっこう)菩薩像など奈良時代を代表する仏像が数多く安置されている。
東大寺 御髪塔 東大寺 経庫 東大寺 手向山八幡宮
東大寺 手向山八幡宮
奈良時代聖武天皇が大仏の造営をされたとき、これに協力のため749(天平感宝元)年に宇佐から八幡宮を迎え大仏殿の近く鏡池(八幡池)の東側に鎮座したのに始まる。
そして以後東大寺を鎮守したのである。
東大寺 開山堂 東大寺 四月堂 東大寺 鐘楼・梵鐘
東大寺 鐘楼(国宝)
栄西禅師による。創建は天平時代。両端が反り上がった独特の屋根をしている。大仏様式に少し禅宗様を加味。建設場所:鐘楼ヶ丘
東大寺 念仏堂 東大寺 行基堂 東大寺 俊乗堂
東大寺 鐘楼ヶ丘
鐘楼の建っている鐘楼ヶ丘に、念仏堂、行基堂、俊乗堂が鐘楼を囲むように建っている。
東大寺 転害門 東大寺 西大門跡 八坂神社 祇園社
東大寺 転害門 (国宝)
1180年の平重衡の兵火、三好・松永の戦い(1567)の二度の戦火も逃れており天平時代の東大寺の伽藍建築を想像できる唯一の遺構。
大仏造営に当たって、宇佐神宮から招かれた大仏守護の神様がこの門を通って手向山八幡宮へ向かわれたとのこと。これに起因して、10月5日に行われる手向山八幡宮の祭礼、転害会では、この転害門が神輿のお旅所になる。
東大寺ホームページ

Home 平家物語(源平)ゆかりの地を歩く旅へ 藤原氏の氏寺・氏神そして東大寺炎上の奈良へ