旅 瀬戸内(たびせと)    篁山 竹林寺 GoogleMap    
             
     
     竹林寺境内ー護摩堂・本堂・十王堂ー  
     
    国指定重要文化財 竹林寺 本堂ー永正8(1511)年に再建ー   東広島市指定重要文化財 竹林寺 護摩堂   
  広島新四国八十八ヶ所霊場 第四十番 篁山(たかむらやま)竹林寺(ちくりんじ) TEL082-437-1171 広島県東広島市河内町入野3103
創建:天平2(730)年 行基
真言宗御室派
本尊:千手観世音菩薩
遠く竹原市大井の浦を諸国修行中の行基上人が、この山頂より霊光(れいこう)が放たれているのを見て当地を訪れ、730年奈良時代に開創(かいそう)したものです。
その霊光は、大樹(だいじゅ)の山桜が開花しその姿が光輝(こうき)していたもので、この木を切り千手観音像を彫刻し、お堂を建て桜山花王寺(おうざんかおうじ)と名付けたことが始まりです。
当時、子供のない女性がこの本尊に1,000日の願をかけ満願の日、お堂の中から童子が現われ五色の玉をその女性に授け、のち男子を出産しました。
その子が時の参議左大臣(さんぎさだいじん)で万葉歌人である「小野篁(おのたかむら)」に出世したものです。
篁公は嵯峨天皇(さがてんのう)に申し出て、ここに七堂伽藍(しちどうがらん)を建立し、寺領五石を附与され勅願寺(ちょくがんじ)となり、その後弘法大師が登山され、真言宗に定められました。
小野篁は51才で死去、100年後、再びこの世に生まれ、僧となり当寺で冥途(めいど)の十王尊(じゅうおうそん)のうち、九体を刻み残り一体は自ら生身(なまみ)の仏となり寺号も篁山(たかむらやま)竹林寺と改められたものです。
以後、1000年の法灯は消えず今日に至っています。
(現地案内板) 
交通:山陽自動車道河内ICから車約20分 
 
     
         
   東広島市指定重要文化財 竹林寺 十王堂   竹林寺 篁堂     八千代橋  
         
   宝篋印塔   地蔵堂    境内にある社   
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   鐘楼    鐘楼からの展望    三重塔跡  
         
   篁山 竹林寺 仁王門    小野篁生誕之地石碑    河内町の眺め  

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