旅 瀬戸内(たびせと)

       
      竹中半兵衛の墓(たけなかはんべえのはか) GoogleMap    
             
     
     竹中半兵衛の墓からの眺め  
     
    竹中半兵衛重治墓    竹中半兵衛の墓  
  竹中半兵衛の墓(たけなかはんべえのはか)ー黒田官兵衛ゆかりの地
一世の軍略兵法家(ぐんりゃくへいほうか)として知られた竹中半兵衛重治は、初め斎藤龍興(さいとうたつおき)に属し、後に織田信長に従い、秀吉と共に各地に転戦し殊勲を立てました。
しかし、三木城攻防戦がたけなわの頃、平井山(ひらいやま)の陣中に胸を病み、一時は京都に移って療養していましたが、固着した戦況を心配し此の地に帰ってきました。
けれども、病魔には勝てず天正7年6月13日、36歳の若さをもって永歿(えいぼつ)しました。
臨終の時、秀吉に対して将来の「天下人(てんかびと)」と予言し息を引き取りました。
秀吉は「お先まっくら」と人前もはばからず遺体にとりすがったといわれます。
(現地案内板)
 
             

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