旅 瀬戸内(たびせと)

忠海港(ただのうみこう) GoogleMap
     
忠海港から見た大三島(左)と大久野島(右)
  忠海港     忠海港  
忠海港
忠海港からは、大三島 大久野島大三島フェリー(時刻表、料金)が連絡している。
忠海では、戦国時代、小早川隆景の武将、乃美宗勝(浦宗勝)が、瀬戸内海航路の要衝である賀儀城(現在の忠海西小学校そば)に居城を構え、村上水軍とともに瀬戸内海を制圧していた。
また、明治時代には、大久野島に大砲が設置され、ロシア艦隊の進入に備えていた。
昭和初期、大久野島には、秘密の毒ガス製造工場が設置され、多くの毒ガス工場従事者を出した忠海からは多くの犠牲者がでた。
戦後しばらくして、大久野島には、国民休暇村が設置され、美しい瀬戸内海のリゾート地として多くの人々が訪れている。
このように、忠海港は、古くより、瀬戸内海航路の要衝として、また、大久野島、大三島への基地港として重要な役割を果たしてきた。
忠海港の後ろには、美しい瀬戸内の島々を一望にすることのできる黒滝山がある。
黒滝山

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