旅 瀬戸内(たびせと)

 

忠盛燈籠(ただもりとうろう)と祇園の女御 GoogleMap
     
    祇園女御 供養塔   
     
   忠盛燈籠   八坂神社   
      
忠盛燈籠
永久年間の頃(12世紀)白河法皇(しらかわほうおう)が祇園女御(ぎおんにょうご)の許(もと)に赴(おもむ)かれようとしてこのあたりを通られた時、折しも五月雨(さみだれ)の降る夜で前方に鬼のようなものが見えた。
法皇は供の平忠盛(たいらのただもり)に射取(うちと)ることを命じたが、忠盛はその正体を見定めての上とこれを生捕りにしたところ、油壺(あぶらつぼ)と松明(たいまつ)とを持ち燈籠に燈明(とうみょう)を献(たてまつ)ろうとしていた祇園の社僧であった。
雨を防ぐ為に被(かぶ)っていた蓑(みの)が灯(ともしび)の光をうけて銀の針のように見えたのであった。
忠盛の思慮深さは人々の感嘆するところであったという。
この燈籠はその時のものといわれている。
(現地案内板より)

忠盛燈籠は、八坂神社境内の、本殿横、円山公園側にある。
白河法皇は、この時の忠盛の思慮深さと勇気を褒めて、可愛がっていた祇園女御を忠盛に下賜されたのである。
その時、祇園女御は、白河法皇の子を身ごもっており、法皇は”身ごもっている子が女子の場合には法皇の子に、男子ならば、忠盛の子にするように”伝えた。
生まれた子は男子であったため、忠盛は、自分の子として育てた。
その子が清盛だった。

 

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