旅 瀬戸内(たびせと)

青蓮院 植髪堂(うえがみどう) GoogleMap
     
  植髪堂(うえがみどう)
親鸞聖人の御剃髪を植えた童形像をお祀りしています。
お説教日毎月、4日、14日  絵伝説明 随時
植髪堂の由来
親鸞聖人は青蓮院大三世門主慈鎮和尚について得度した。
青蓮院の記録によると、親鸞の母が、その時に剃り落とした髪を、張子で造った親鸞の童形像の頭上に植付けて、常に自分の傍に置いていたという。
暫くの後、この像は青蓮院に永く蔵せられることになった。
親鸞の教えが弘がるにつれ、この像のことも伝え聞いて礼拝を請う者が数えきれなくなったので、木像を造り、法衣を着せ、当院の末寺のうち一番近くにあった金蔵寺(明治に廃寺とする)の御供屋に安置して誰でも拝めるようにした。
宝暦9年(1759)に熱心な信徒が御供屋の東側に一つのお堂を建て、阿弥陀三尊像をお祀りして、その傍にこの像を安置した。
このお堂を「阿弥陀堂」と云い、「植髪堂」とも称える様になった。
明和4年(1766)には、お堂を華頂山の北丘の後ろに移し、「華頂山阿弥陀寺」と号したかったようであるが、寺号を称することを幕府に許されなかった。
この華頂山のお堂は大変不便であった様で、天明5年(1783)、定法寺町(今の神宮道三条上る東側)に新たにお堂を建て移す準備を始めることになったが、経済的に困難が大きかったらしく、年々各地に植髪像の出開帳を行うなどした上、文化8年(1811)正月に立柱、三月に入仏供養が行われた。
このお堂が現在の植髪堂で、その後、現在の地に移るまでに二回の移築を経ている。昭和54年8月に屋根の一部が抜け落ちた為、10ヶ月に亘る長期大改修工事を経て現在に至っている。
植髪像を祀る現在のお厨子は宝暦10年に造られたものである。現在は中央に植髪像と共に、元の形に倣って阿弥陀如来像をお祀りしている。
又、階下に納骨堂を設置し、ご縁の方々に広くご利用いただくように務めている。
(現地案内板より) 
 

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