旅 瀬戸内(たびせと)

小豆島 醤の郷(ひしおのさと) GoogleMap
     
     馬木散策路  
     
  苗羽(のうま)・醤油蔵通り散策路     小豆島限定醤油 金両醤油  
  醤の郷(ひしおのさと)
400年の歴史を持つ、醤油の日本4大産地の一つ小豆島。ここ醤の郷(ひしおのさと)には、明治時代に建てられた醤油工場やもろみ蔵、佃煮工場や直売店が軒を連ねている。
小豆島の醤油蔵を車で訪れる方達にとって、最初は県道28号線沿いにある蔵のみを訪れて帰える方が多いのでは。
でもそれだけでは本当の小豆島の良さを知ったとは言い難い。車の多い県道28号線から少し外れた裏道をゆっくりと散策して初めて小豆島の良さに気づく。
時間のある方にはそれら散策路として醤油蔵通り散策路、苗羽散策路と馬木散策路をお勧め。
「醤の郷(ひしおのさと)散策マップ」は、マルキン物産館などで求めることができる。
「醤の郷(ひしおのさと)散策マップ」よりは単純化していますが、GoogleMap参考。
 
  小豆島の醤油
小豆島の醤油づくりは、400年以上の歴史を持ち、紀州湯浅から醤油醸造の製法を学び、1592年(天正末年から文禄初年)には醤油が作られていたといわれています。
小豆島で醤油づくりが発達した理由として、海に囲まれた小豆島は中世以前より製塩業があり、主原料である良質の塩が豊富で、気候も酵母菌の培養に適しており、海上交通が発達していたために九州から大豆や小麦の原料が手に入るという立地に恵まれていました。
そして、先人のたゆまぬ研究開発により、優れた醤油が生産されるようになり、海上輸送を利用して京阪神を中心に大きな市場を開拓し発展を続け、明治10年〜20年頃には小豆島の醤油産業は最盛期を迎え、醸造家は400軒をかぞえたといわれています。
現在でも約20軒ちかくの蔵元が生産をおこない、「醤の郷」(ひしおのさと)と呼ばれて、日本でも有数の醤油の産地として地域経済を牽引しています。
(醤油桶のモニュメントより)
 
         
  マルキン醤油   橋喜商店 タケサンフーズー一徳庵ー  
苗羽(のうま)・醤油蔵通り散策路
マルキン醤油記念館、マルキン忠勇工場の見学、マルキン物産館での買物や醤油ソフトを楽しんだ後は、醤油の匂いが立ち込めている醤油蔵通り散策路やのんびりとした農村風景の苗羽(のうま)散策路を楽しむのもいい。
  小豆島の佃煮
小豆島の佃煮づくりは、太平洋戦争直後の物資も乏しく食糧事情の悪化していた昭和20年(1945)9月26日、舟山醤油を母体とした大国屋商店の武部吉次氏がさつま芋の芋蔓で「葉柄佃煮」50貫を炊いたのがはじまりです。
また、同じ頃に丸金醤油(株)も神戸の食品業者と提携し、昆布の供給を受けて佃煮の委託加工を始めました。
昭和23年(1948)6月には、安田醤油(株)を母体として安田食品(株)が設立され、小豆島の佃煮産業は、歴史ある醤油産業の技術と品質を基礎として、その後の日本の経済成長と同様に飛躍的に発展し、大国屋商店は舟山食品(株)ー現在のタケサンフーズ(株)ーとなり、丸金醤油の佃煮部門も分離独立して宝食品(株)となっています。
そして、現在(2008)小豆島には17の佃煮会社があり、生産額は200億円を超える日本でも有数の産地となり、小豆島の基礎産業として地域経済を支えています。(醤油桶のモニュメントより)
 
京宝亭(佃煮) 森國酒造 内海八幡神社
  京宝亭の佃煮は単純に塩辛いといったことはなく、まろやかな味で好きな佃煮。      
           
    第9番小豆島霊場 庚申堂   小豆島そうめん     
運河の上の家 瀬戸よ志定食
瀬戸よ志は小豆島特産のつくだ煮を中心とした土産店と食事処で小豆島町役場の斜め前にある。
醤の郷めぐりは、この店を基点に動くと分かりやすいとか。

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