旅 瀬戸内(たびせと)    清神社(すがじんじゃ)    
   
        
  清神社(すがじんじゃ)
神代から鎮座とされる。
格式を備えた稀有な造りで知られる古社です。
主祭神は素戔嗚尊、他に稲田姫をはじめ五男三女神をお祀りします。
郡山の鎮守社として毛利元就公をはじめ一族の崇敬が篤く、出陣の度に「必祥」を祈願され、凱旋の折も「おかげ参り」を繰り返されました。
  樹齢800年近い正面の大杉は生きている証人です。
元就公の遺訓「三矢の訓」にあやかるJリーグサッカーチーム「サンフレッチェ広島」は、結成以来Jリーグ開幕前の必勝祈願を恒例の行事にしています。
とどろく太鼓の響きとともに「毛利の路」を威風堂々参進する一行の姿は、多くのファンが声援をおくり、近郷に春を告げる一大イベントです。
現在の社殿は、元禄7(1694)年、輝元公造立のものです。
(現地案内板)
     
  広告      
   
         
   清神社 参道    清神社 神楽殿   清神社 大杉   
  清神社 参道
清神社拝殿前の大杉は、吉田町のどこからでも見え清神社のシンボルとなっている。
また、背後に見える山は、郡山の山頂で郡山城の本丸がある所。
  清神社 神楽殿
広島県の中、北部地方では神楽の舞が盛んに行われている。
特に、安芸高田市では、殆んどの神社に神楽団があるとか。
 
  清神社 大杉
手前の建物は、一番手前の入口が郡山子供神楽団、手前から二番目の入口が吉田神楽団。
 
 
           
   清神社の杉    椙若社・伊勢大神宮      
  清神社の杉 
吉田町(現安芸高田市)指定天然記念物 
昭和43(1968)年9月1日指定
清神社の大杉は、毛利氏時代のものと推定されており、胸高周囲5.0mのものが最も大きく、4.6m、4.3m、4.8m、3.7m、3.2mの六本の巨杉であった。
1999(平成11)年9月24日「大杉六本のうち一本(周囲4.8m、樹高45m)が根元14mを残して折れ、境内に倒伏した。
この根株は、根元の部分を地面下約1m掘り下げて切り出したもので、樹齢七百年以上を数えることが出来たものである。
(現地案内板より抜粋) 
  椙若社(すぎわかしゃ)再建の由来
「椙若社」は毛利元就育ての母「椙(杉)の方」を祭った祠である。
元就は四歳で母を、九歳の時には父を亡い、孤独な生活を強いられたが、母親代わりとなって育てたのが元就の父元弘の継室(一説に側室)であった大方殿である。
元就は大方殿を追慕して祠を建て、神として祭ったとされる。
大方殿は「椙(杉)の方」との呼び名があり、祠も「椙若社」の名がついたといわれる。
宝暦10(1760)年頃に「椙若社」として独立したが、文政2(1819)年頃老朽化のため建て替えられた。
昭和25(1950)年腐朽して以来、敷石だけを残していた。
毛利元就公生誕五百年、NHK大河ドラマ「毛利元就」放映記念の年に、志有が相集い、懇志を仰いでここに昔日を凌ぐ祠が完成した。
  「椙若社」再建実行委員会
(現地案内板より抜粋) 
     
      Home 広島県の旅へ 黒田官兵衛ゆかりの地へ 郡山城跡へ