旅 瀬戸内(たびせと)

清閑寺 GoogleMap
     
    高倉・六条天皇陵   
     
   静閑寺境内    本堂  
  清閑寺(せいかんじ)
歌乃中山(うたのなかやま)と号する真言宗智山派(ちさんは)の寺である。
ここから清水寺までの山路は、かっては歌の中山と呼ばれる名所で、桜や紅葉の美しさから数多くの歌が詠まれた。
延暦21年(801)に、天台宗の寺として比叡山の紹継(しょうけい)法師によって創建され、一条天皇の時代(986〜1011)に勅願寺となった。
「平家物語」の悲恋で知られる高倉天皇小督局(こごうのつぼね)ゆかりの寺で、平清盛の娘を中宮とする高倉天皇に寵愛されたために清盛の怒りに触れた小督局は、宮中を追われてこの寺で出家させられたと伝えられている。
天皇は深く心を痛め、自分が死んだら局のいるこの寺に葬るよう遺言を残し、21歳の若さでこの世を去った。
背後の山に、六条天皇と高倉天皇の御陵があり、高倉天皇陵の傍らには、天皇の死後、生涯にわたって菩提を弔ったといわれる局の墓がある。
庭にある大きな石からは扇を広げたような形で市内が一望でき、その石が丁度扇の要の位置に当たることから「要石(かなめいし)」と呼ばれ、願いをかけると叶うといわれている。
かっては法華三昧堂(ほっけさんまいどう)や宝塔などが並んでいたが現在は菅原道真(すがわらのみちざね)が梅樹から彫ったという本尊・十一面観音像を安置する本堂を残すのみである。
               京都市
(現地案内板より)
 
       
  小督局供養塔     要石   鐘楼堂  

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