旅 瀬戸内(たびせと)

       
  スマートフォンで表示   佐用城跡ー福原城跡ーGoogleMap    
             
     
     福原霊社ー頭様ー  
     
    佐用城跡ー福原城跡ー手前が本丸跡、向こうの土塁跡には福原霊社がー   佐用城 空堀跡   
  佐用城(さようじょう)跡ー福原城(ふくはらじょう)跡ー黒田官兵衛ゆかりの地
中世に築かれた代表的な「平山城」で、南面に川、背後に山の「城堅固」の立地で、空堀、防塁、馬落としなどよくその原型をとどめている。
元弘3年(1331)4月28日、淀(よど)の久我畷(くがなわて)の戦いにおいて鎌倉方の総大将名越尾張守高家(なごえおわりのかみたかいえ)をただ一箭に討ち取った佐用兵庫介範家(さようひょうごのすけのりいえ)の築城と伝えられ、その後、赤松三十六家衆のうちの福原氏がこの城を継いだので、福原城とも言われている。
戦国時代末期、東西の勢力拮抗の狭間で、西の上月城(こうづきじょう)、南の高倉城(たかくらじょう)、東の利神城(りかんじょう)とともに赤松一統の城郭群を形成していたが、天正5年(1577)11月、上方勢の羽柴秀吉(はしばひでよし)との攻防により落城しその役割を終えた。
後世、土地の人々によって、時の城主福原藤馬允則尚(ふくはらとうまのじょうのりなお)の首級を祀るため城跡に一社が造営され「福原霊社(俗に頭(こうべ)様)として今に崇敬されている。
近くのキャンプ場
 オートキャンプ場 スターグランパス   
 
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  佐用城 土塁跡     佐用城跡ー千種川おおつぼ橋よりー   佐用城跡ー佐用川東集落よりー   
  佐用城 土塁跡
上の写真は、本丸跡方面から、右の写真は土塁の外側、空堀方面から見たもの。
  佐用城跡ー佐用川おおつぼ橋よりー   佐用城跡ー佐用川東集落よりー
こうして遠方から眺めた方が、近くで一部を見るよりも、城の全体をつかむことが出来る。
右に障害者支援施設「いちょう園」があり、城の一部が切り取られたような形になっているが、城郭らしき形はよく残っていると思う。
 
 
         
  佐用城ちかくの駐車場ー国道179号線沿いー    佐用町役場    JR佐用駅   
  佐用城ちかくの駐車場ー国道179号線沿いー
佐用城は、集落のはずれにあり駐車場は無いので、国道179号線沿いの駐車場へ車を止めて歩くのが良いかも。(駐車可能台数は2台ほど)
近くの目標は、障害者支援施設「いちょう園」。
  佐用町役場 
TEL0790-82-2521 
〒679-5301 兵庫県佐用郡佐用町佐用2611−1
 
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兵庫県佐用郡佐用町佐用

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   Coffee&Resthouse 和楽路ーわらじー          
  Coffee&Resthouse 和楽路ーわらじー 
TEL0790-82-3366 
〒679-5301 兵庫県佐用郡佐用町佐用2901−17
地元に定着した、落ち着いた雰囲気の喫茶&レストラン
         

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