旅 瀬戸内(たびせと)

三条東殿遺址 GoogleMap
     
   三条東殿遺址    新風館(京都電電ビル西館)  
  三条東殿遺址
現在の三条烏丸交差点の東北に位置する方四十丈(約120m)の地は、古の三条東殿の遺址にあたっている。
11世紀の初め、ここには、伊予守藤原清家の邸宅があり、それは子孫の宮内郷藤原家通に傳えられた。崇徳天皇の天治2年(1125)白河法皇はこの地を得られ、ここに見事な殿舎を造営し、院の御所とされた。法皇の崩後鳥羽上皇は、、三条東殿をやはり院の御所とされ后の待賢門院と共に住まれ、それは長承元年(1132)7月の焼防時かで続いた。
その後この地は皇子、後白河法皇の院の御所となった。
平治元年(1159)12月9日の夜、源義朝は軍勢五百余をもって三条東殿を襲撃、法皇をここから連れさって幽閉し、かくして平治の乱が勃発した。
その時、武士と火焔にせめたてられた多くの女官が三条東殿の井戸に入って非業の死をとげたという。
このように三条東殿址は、院政時代における政治的文化的中心地のひとつであり、その点で永く記念されるべき遺跡である。
   昭和41年2月
                   財団法人 古代学協会
(現地案内板) 
  京都電電ビル西館(旧京都中央電話局)
京都電電ビル西館は、当初逓信省の京都中央電話局として、逓信省技師吉田鉄郎の設計、清水組の施工により建築された。
工期は大正14年(1925)2月〜同15年9月の第一期工事と、昭和4年(1929)5月〜同6年1月までの第2期工事に分かれる。
意匠的には、西面の連続したアーチに特色がみられ、日本における近代建築のパイオニアである吉田鉄郎が、国際建築様式を自己のものとする直前の作品として貴重であり、昭和58年6月1日、京都市登録有形文化財に登録された。
(現地案内板)
新風館
京都電電ビル西館には旧館に融合するよう新館を増設して、ショッピングモール新風館としてオープン。
ここでは、ファッション、グルメ、インテリアなどに加え様々なイベントも楽しめる。

三条東殿遺址碑はこの京都電電ビル西館の北西隅にある。
                                  新風館ホームページ
 

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