旅 瀬戸内(たびせと)    生石(おうしこ)神社ー石の宝殿ーGoogleMap    
   
        
   生石神社ー石の宝殿ー御神体の石      
  生石(おうしこ)神社ー石の宝殿ー
TEL079-447-1006
兵庫県高砂市阿弥陀町生石171
社名:生石神社
御祭神:大己貴神(おおなむちのみこ)−生石大神 大國主神ともいう)、少彦名命(すくなひこなのみこと)−高御位大神、粟島神ー
創建:崇神天皇13(紀元前85)年申日
祭禮:例祭10月18日・19日 春祭4月12日
神式:神輿二体のからみ合せ(10月18日・19日)
旧蹟:石ノ宝殿
三方断崖に囲まれ、池中に石殿横たわる、古びた樹木が上部に生い茂っている。
四方三間半(約6.36m)、棟二丈六尺(約7.87m)、日本三奇の一つで御祭神の作と言い伝えられる。
三奇とは塩釜神社の塩釜、霧島山の天の逆鉾、石の宝殿である。
俗に浮石という。
この浮くは、石工の用いる言葉で、岩にひびが入る、即ち割れ目の出来ることを意味している。
即ち石宝殿と台石との間にひびが入っているので浮石という。
  沿革
大己貴神 少彦名神 天神(あまつかみ)の勅命で国土経営のため出雲から当地に立寄りになり、この宝殿山に仮宮を作って御滞在された時、この石宝殿を刻まれた。
工事中に天佐久売(あまのさくめ)がやってきて、今麓の里で阿賀神(あがのかみ)が反乱を起していると二神に告げたので、石宝殿作りの工事は中止して今の神爪(神詰で神爪の名称の起りという)に諸神を集めて阿賀神を平定されたが石宝殿作りの工事は捨てられたので未完成に終った。
この工事で生じた石屑は一里北の高御位山に捨てられた。
高御位の北側に頂上から麓にかけて莫大な石屑が今尚あり魚の象(かたち)になっている。
この附近には岩を切ったあとかたは全くない。
崇神天皇13年に創建されて以来伊保荘、平津荘の鎮守として崇められ、孝徳天皇は、白雉5(654)年、千石の土地(現在の生石、神爪、島の土地併せて千石)を寄付されたのでこの三ヶ町は墓地をいみ、生石は魚橋、神爪は岸、島は米田に墓地を作り、宮百姓と称していたので大いに栄えていたが天正年間、豊臣秀吉の焼打ちに逢い、土地は没収、鐘楼、釣鐘は分捕りされ、当社の宝物、古文書は焼失し没落した。
  鐘は陣太鼓代りに使用した後、岐阜県大垣市赤坂町の安楽寺に寄附した。
この鐘は大垣市の指定文化財となっている。
鐘には播州石宝殿と寄進者の名が入っている。
荒井川はもと御手洗川と称し、神々が手を洗われたと伝える。
泊は神々が御泊りになったので、とまりの名称が出来たと伝えられ、今日の加古川市泊の名の起りという。
  大汝(おおなむち) 
    少彦名将座(すくなひこなのいましけむ)  
      志都(しず)の石室者(いわやは) 
         幾代将経(いくよへぬらむ)
  たまにきて またこむことのかたなれば 
                なごり生石の石のみあくら
  みるからに とうとかりけるはりまなる 
                しづのいわやの神のふるさと
  うごきなき 千代万代の宝とて 
                石のみやいは つくりけらしも
      高砂市 高砂市観光協会
(現地案内板) 
 
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  生石神社ー石の宝殿ー 拝殿     生石神社ー石の宝殿ー御神体はこの奥にー   生石神社ー石の宝殿ー 御神体の石   
  生石神社ー石の宝殿ー 拝殿
急な階段を登った先に拝殿が。
 
  生石神社ー石の宝殿
左側 本社 大穴牟遅命 大国主大神・生石子大神 奉崇
右側 本社 本社少日毘古那命 粟島大神・高御位大神 奉崇
を祀られた社殿の間を通って奥に石の宝殿の御神体が。
 
  生石神社ー石の宝殿ー 御神体の石
この拝殿の奥の巨大な石が御神体。
正面は平面だが、両側面には縦の溝が彫られており、背面には突起物が彫り出されている。
 
 
         
   生石神社 御神体の石   生石神社 御神体の石    生石神社 御神体の石 背面   
  生石神社ー石の宝殿ー 御神体の石下部
手前が正面、水を張った池の中に浮いた様に置かれている。
向かって左側面の溝のようなものは何のために彫られたのだろうか?
  生石神社ー石の宝殿ー御神体の石上部
手前が正面、上には木が生えている。
 
  生石神社ー石の宝殿ー御神体の石 背面
三角の突起物が彫り出されているのだが何を意味するのだろうか?
この部分を上にする計画であったと推測する方もおられるようであるが、そうであれば最初から上部にこのような形を彫り出せば良かったと考えるのだが。
 
 
     
   正面側    生石神社ー石の宝殿ー御神体の石 下部   向かって右側面側   
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   生石神社 御神体の石 側部   生石神社ー石の宝殿ー御神体の石 下部    生石神社 御神体 下部   
  生石神社ー石の宝殿ー御神体の石 側部
この様子から見ると大きな、大きな一つの岩をくり抜いて、すなわち御神体ではない右側の壁面もこの御神体と同じ一つの岩であって、空間部分をくり抜き、この御神体を彫り出した様にも思えるのだが?
事実、この御神体の横の登山路を登ってみると、その階段も、石を置いて作った階段ではなく、石を彫りだして造った階段で、この御神体が彫られている山全体が大きな、大きな石の塊のように思える。
右側部にも左と同じ様な溝が彫られている。
 
      生石神社ー石の宝殿ー御神体 下部
御神体の下部は水の中で下の石に繋がっているのだろうか?
水があるため見ることが出来ない。
この水は、霊水でどのような干ばつの時も渇することは無く、潮の干満を表わすとか。
 
 
             
         
   生石神社 御神体 下部    生石神社 御神体 上部    生石神社 御神体 上部  
  生石神社ー石の宝殿ー御神体 下部
御神体背部、突起部のある部分の下部の様子。
この部分は、他の部分に比べてきれいに切削されていることがわかる。
 
  生石神社ー石の宝殿ー御神体 上部
御神体上部の様子。
長年の間に土砂がたまり木が生えてきている。
 
  生石神社ー石の宝殿ー御神体 上部
御神体上部背後部分、突出部の上部の様子。
他の部分に比べて切削状況がきれい。
 
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   宝殿山    生石神社ー石の宝殿ー参道   生石神社ー石の宝殿ー霊石  
  宝殿山
山腹に「石の宝殿」と呼ばれる、巨大な石の工作物がある山。
山全体が一つの岩塊で出来ており、」「石の宝殿」はその岩塊をくり抜いて造っているように思うのだがこれは私だけだろうか?
山頂からは、播磨平野、播磨灘、六甲、淡路島方面や高御位山とそれに連なる播磨アルプス方面が良く見える。
 
  生石神社ー石の宝殿ー参道
かなり急な階段である。
  生石神社ー石の宝殿ー霊岩
石の宝殿の分岩で全身の力を込めて押すと神様から偉大な力を授かるとのこと。
岩に触れた手で身体の良くない所を撫でると良いそうです。
 
 
       
  生石神社ー石の宝殿ー境内社ー   境内社前の展望台からの眺め    生石神社駐車場  
      境内社前の展望台からの眺め
加古川北部、神吉方面
 
     
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