旅 瀬戸内(たびせと)

岡山県の瀬戸内沿岸地域・諸島の旅(観光)
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岡山県の瀬戸内沿岸地域・諸島 岡山全県の観光案内 たびおか(旅岡山・吉備の国)
現在の、岡山県の瀬戸内海沿岸は、東部の備前市日生町、瀬戸内市牛窓町など播磨灘に面する地域、中西部の玉野市、倉敷市児島・玉島地区、笠岡市など多島海の備讃瀬戸に面する地域からなっている。
日生町、牛窓町などが播磨灘に面するとはいっても、沿岸には、美しい風景の島しょ部が多く、大多府島、牛窓など、古くから風待ち、潮待ちの天然の良港としてもよく知られていた。
また、中西部は、備讃瀬戸に浮かぶ塩飽諸島の多島美の美しさから、本最初の国立公園として指定された鷲羽山や笠岡諸島を有する。
鷲羽山のある、倉敷の児島から香川県の坂出にかけては、1988年に、塩飽諸島の島々を橋脚として瀬戸大橋が架けられ、当時は多くの観光客を引き付けた。
その後、渡橋料金の高さから一時観光客も減少していが、高速道路料金の値下げとともに、その美しさが見直され再び脚光を浴び始めている。
今から16,000年程前は、岡山県を中心に北は島根県東部、南は、兵庫県南部から大阪湾を経て和歌山県方面にかけての地域に、古瀬戸内海と言われる海が広がっており、現在の瀬戸内海とは大きく異なっていたと言われている。岡山県が、県内全域に渡って高い山がなく比較的平坦な高原地帯が多いのも昔は海の底であり、それが隆起し、その後、現在の三大河川(高梁川・旭川・吉井川)によって浸食されてきたことを物語るのであろう。
その意味では、岡山県は全域が瀬戸内海そのものであったのであり、ここで旅する先としては全域を加えた方がいいのかも知れない。
岡山市北区中区東区南区) イオンモール岡山2014年12月5日10:00グランドオープン 
倉敷市 吉備路 岡山駅 岡山市ももたろう観光センター 岡山空港 
宿泊移動手段 
時刻表(岡山へのアクセス・県内移動) 
日生・日生諸島 夕立受山 みなとのみえる丘公園
日生・日生諸島
日生の町にくると時の流れがゆっくりと感じられる。
日生諸島は、岡山県東端部に位置、東は赤穂岬に接し、備讃瀬戸と播磨灘の境に集団的に浮かぶ10余りの島々からなり、これらは、陸地からきわめて近距離にある。
この地区最大の鹿久居島(かくいじま)は、古代から野生の鹿の生息地である。
また、キリシタン流刑の島、鶴島や江戸時代に船旅の避難所として利用された大多府島(おおたぶじま)など、史跡と伝説に富む島々が多い。
夕立受山からのカキいかだの浮かぶ夕日の海は絶景である。
岡山いこいの村 大平山野鳥の森 一本松展望園 ・ 黒井山グリーンパーク
岡山いこいの村
「瀬戸のあけぼの」として、古より語り継がれている、朝陽が非常に素晴らしいところ。また、春には、2500本の染井吉野と大島桜が咲き乱れる桜の名所でもある。
すぐそばには、日生諸島のすばらしい景観を眺めることができる豊かな自然の中に、探鳥路や観察小屋、解説版などの整備された「大平山野鳥の森」がある。

一本松展望園・黒井山グリーンパーク
国道2号線バイパス 君津ジャンクションと山陽自動車道(備前IC)を結ぶ、緑豊かな道路(無料化済)岡山ブルーライン上に位置する二つのサービスエリア。
岡山寄りにある一本松展望園は、瀬戸内海や広大な錦海湾埋立地の眺望が素晴らしい。また、黒井山グリーンパークは、瀬戸内市特産の新鮮な野菜、果物、水産物などを買い求める人たちでいつも活況を呈している。
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牛窓 犬島 瀬戸内海国立公園ー東児島地区ー 

瀬戸内海国立公園としての牛窓地区(昭9.3.16指定 前島・青島・黄島・黒島・中小島・端小島 昭26.5.18指定 蕪崎(かぶらざき)-牛窓海岸)
錦海湾の南東に突出した蕪崎付近と前島、黒島、黄島などの諸島があり、南に小豆島(しょうどしま)を望み、牛窓瀬戸と称される潮流の変化の妙と相まって、美しい多島美を見せている。
陸地はなだらかな丘陵で、オリーブの栽培が行なわれるなど、南国的なムードを感じさせてくれる。
牛窓は、江戸時代に朝鮮通信使の寄港地になっていたため、朝鮮風の唐子踊り(からこおどり)や太刀踊りなどが残っている。

犬島
犬島は、なんとも不思議な風景が展開される島である。一つは、未来に生きるMOAI計画(学生による環境造形の現地制作)による浜辺の造形。
もう一つは、明治末から大正にかけて操業された銅の精錬所の跡地に残る、煙突をはじめとする諸施設の残骸。
長い年月を経た今、この残骸が結果として芸術的な価値を生み出しつつある。
香川県直島町で「ベネッセアート直島」を展開する「ベネッセコーポレーション」(岡山市)が精錬所跡地を使ったアートによる産業遺跡の第1期再生工事が完了し予約制で見学者の募集を始めた。

瀬戸内海国立公園 東児島地区(岡南台)
児島半島の最高峰・金甲山から東へ東光寺山・貝殻山・八丈岩山を結ぶ一連の山からは、直島群島や四国の連山、或いは岡山平野を眼下に望み、遠くは中国山地を一望に収める絶好の展望地である。金甲山は、頂上まで車道が整備されている。また、貝殻山も頂上近くまで車道が整備され、駐車場等も完備している。近くの赤松林の中には弥生人の集落跡と見られる貝塚等もある。
特におすすめは、桃太郎荘跡から、八丈岩山・三頂山に向かって、尾根づたいに上っていくコースである。
このコースを登っていくと、南には瀬戸内の、北には岡山平野のすばらしい眺めが展開されていく。その眺めは、歩みを進めていくに従って、周囲の山・岩・海と共に様々に変化する。
特に、谷道から尾根道に出た時に眼前に開ける瀬戸内の眺めは、それまでの登り路の苦しさを一度に吹き飛ばして余りある。

岡山平野
十禅寺山 日の出海岸 宇野港
瀬戸内海国立公園十禅寺山
十禅寺山の地名は、天台宗の守護神十禅師権現に由来するものと考えられている。平安時代には、ここ一帯の山上に寺院が開かれ、一時はその数が十坊あったと伝えられている。
出崎半島は、入り江の多い静かな海浜に恵まれ、海浜の松林と浅瀬の海は、夏期は海水浴・キャンプ場としてにぎわっている。
出崎半島の西にある十禅寺山は、内海の展望台としても良くハイキングコースとして利用されている。


日の出海岸
日の出海岸は、宇野港の東、玉野競輪場のすぐそばにあり、東側に瀬戸内海が開けている。そのため日の出を迎えるには最適のところであり、岡山県下での初日の出のスポットとしてもよく知られている。

宇野港
宇野港は、背後には児島の山なみを控え、前は美しい瀬戸内の島々に囲まれた波穏やかな海に面しており、高潮や台風災害のほとんどない天然の良港で、瀬戸内の海上交通に重要な位置を占めている。
明治42年、鉄道連絡船のターミナルとして竣工、翌年に宇野線が開通、宇高連絡船が就航して以来、本州と四国を結ぶ連絡港としての役割を担ってきた。

その後、1988年4月の瀬戸大橋開通に伴う宇高連絡船の廃止などに伴い置かれている状況が変化、再開発が主要な課題となり、1994年以降フェリーターミナルの拡充整備、大型旅客船ターミナルや緑地などの再開発事業が行われてきた。
2006年の3月に大型客船バースが完成。最近はクルーズ船の寄港に併せて玉野港フェスティバルも行われている。
みやま公園 渋川海岸 王子が岳
みやま公園
国道30号線沿いの、道の駅「みやま公園」や深山イギリス庭園を併設した玉野市の公園。
200haの広大な園内には、四季折々さまざまな花が咲き、家族やカップルで訪れて楽しめる。
「道の駅」や「深山イギリス庭園」だけでも結構楽しめるが、実は深山公園はその奥に拡がっている。数個の池がありその周りには遊歩道が整備されている。
遊歩道を歩いていると、三々五々と老若のカップルが散策を楽しんだり、子供連れの家族がサイクリングを楽しんだりしている。
池の周りの遊歩道をはずれて小高い丘に登ると瀬戸内海の多島美や深山公園の別の角度からの風景を楽しむこともできる。
広い公園内の散策は、健康のためにも非常に良いのでは。特に10月頃から5月頃までは散策に最適。

渋川海岸
渋川海岸は、玉野市にある県下最大の海水浴場。前方に見える王子が岳と共に、日本で最初に指定された、瀬戸内海国立公園に属する。
白砂青松の砂浜は、もはや、数少なくなった日本の海岸風景である。いつまでも残しておきたい風景。
日本の渚 100選にも選定され、夏には多くの若者や家族連れで賑わう。
シーズンオフにも、二人連れや家族連れが、美しい渚を前に、静かに語らいを楽しんでいる風景が三々五々と見られる。

王子が岳
荒い花崗岩の山肌に奇岩怪石が今にも落ちかかろうとする独特の山容を持つ王子が岳は、山頂まで登山道路が通じている。
山頂の園地には王子ヶ岳パークセンターもあり、ここから望む備讃瀬戸、四国連山は、一幅の絵を見るようである。
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倉敷市
おもちゃ王国 鷲羽山 鷲羽山スカイライン・瀬戸内海国立公園龍王山
下津井港 児島市街 野崎家旧宅
由加山蓮台寺 通仙園(宮の鼻) 源平藤戸合戦古戦場
源平古跡 経ヶ島 熊の神社(新熊野権現) ・ 五流尊瀧院 玉島ー町並み保存地区
釣りバカ日誌ロケの地海蔵寺 円通寺(良寛さんの寺) 寄島町
笠岡 竹喬美術館 カブトガニ博物館  笠岡諸島 御嶽山
出崎半島 岡山駅西口 倉敷美観地区
  国立公園出崎海岸
出崎半島は、入り江の多い静かな海浜に恵まれ、海浜の松林と浅瀬の海は、夏期は海水浴・キャンプ場としてにぎわっている。(岡山県観光便覧より)    
 
       
   造山古墳    遙照山   竹林寺山   
   
   吉備路   
       
   弥高山    津高台    蒜山高原  
       
  鷹ノ巣城跡   備中高松城水攻め跡     岡山城  
  鷹ノ巣城跡ー小早川隆景陣ー備中高松城水攻めー
羽柴秀吉軍の備中高松城、水攻めに対して、毛利方の小早川隆景が陣を構えたと言われる鷹ノ巣城跡からの眺望は本当に素晴らしい。
備中高松城水攻めの全域は勿論、秀吉軍、毛利軍両方の軍の各陣全体を見渡すことができる。
この地域は、吉備国の中心地として栄えた所であるが、鷹ノ巣城跡からは、その地域全体、すなわち左から右方面にかけて、雪舟の修行した宝福寺備中国分寺付近から、鬼ノ城雪舟誕生の地造山古墳矢喰宮足守陣屋跡高松最上稲荷とその 奥之院一乗寺ある竜王山、吉備津神社・吉備津彦の命の墓と言われる茶臼山古墳のある吉備の中山、さらに右方向には楯築遺跡・王墓山古墳・日畑廃寺のある王墓の丘史跡公園など吉備地方の歴史を考える上では欠かすことのできない地域全体を一望の下に見渡すことができる。
  備中高松城水攻め跡ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
織田信長の命で毛利攻めに向かい、備中高松城で膠着状態になった戦況を打破する為羽柴秀吉は高松城を水攻めにしようと堤防を築き水をせき止めようとしたがうまくせき止められなかった。
この時、土嚢を積んだ船の底に穴をあけて船ごと沈めるように献策したのが黒田官兵衛であり、また、この水攻めの最中、本能寺の変が起こり、織田信長が横死するが、秀吉に対して毛利との和睦と明智光秀の討伐を献策し、中国大返しを成功させたのも官兵衛と云われている。
  岡山城ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
備前国邑久郡から起こった宇喜多直家が、岡山の地・石山にあった岡山城の前身にあたる城砦に入城したのは、天正元年(1573)の秋であった。
石山の城はこの地の豪族であった金光氏の小城に過ぎなかったが、直家は、この城を大改築して居城とし、城下町の経営に着手し岡山繁栄の基礎をつくった。
その子八郎秀家は、天承18年(1590)秀吉の意見に従い、石山の東「岡山」に本丸を移し城郭の拡張整備を開始し、慶長2年(1597)天守閣が落成するにおよんで城普請は完成した。これが豪壮きわまりない石垣と内堀を今に残す岡山城本丸である。
(現地案内板より抜粋)
 
黒田官兵衛は、宇喜多直家凋落のために幾度か岡山城を訪れている。
 
       
   沼(亀山)城跡    西川緑道公園    県庁通り  
  亀山城跡ー別名 沼城ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
城の本丸、二の丸のあった弁天山の形が亀に似ているところから亀山城と名づけられた。沼城ともいう。
亀山城は、永禄2年(1559年)宇喜多直家が、浦上宗景よりこの城を賜り新庄山城跡より移り天正元年(1573年)岡山城に移るまで14年間在城した。
宇喜多直家は、黒田官兵衛の調略により、天正6(1578)年5月頃には毛利方から織田方への内応の覚悟を固め、天正7(1579)年秋には、織田方に寝返り、天正9(1581)年2月14日に「尻はす」という出血を伴う腫瘍により亡くなっている(直家の死は翌年まで隠され、天正10(1582)年1月9日が表向きのな忌日)。
天正10(1582)年の備中高松城攻めの際は、宇喜多勢は直家の弟忠家を大将に羽柴秀吉に加勢しており、「新訳 備前軍記」、柴田一編著などでは、羽柴秀吉は、備中高松城に向かう時、また「中国大返し」で明智光秀攻めに向かう時もこの亀山城(沼城)ーこの頃は岡山城の支城ーで1泊したことになっている。ー「中国大返し」の時は吉井川の氾濫で6月8日朝まで足止め(2泊)との説もー
明智光秀攻めについて黒田官兵衛との軍議もここで行われたのであろうか?
参考資料ー「黒田如水」小和田哲男著 ミネルヴァ書房発行
「新釈備前軍記」柴田一編著 山陽新聞社発行
  西川緑道公園
岡山市中心部を南北に流れる西川用水の両岸を緑地公園として整備し、市街に総延長2.4q、総面積40haの「緑の回廊」を造り出した(工事期間昭和49年〜昭和57年の9年間)。
ここには、100種類の樹木、約3万8千本が植えられており、春の花、初夏の新緑、夏の緑陰、秋の紅葉など市民に四季の移り変わりの楽しみと潤いを与えている。
2014年秋の、岡山駅前、イオンモールの開業を控え、岡山駅前と表町商店街をつなぐ回遊路や市民の交流の場としてその期待は大きく、様々の企画が検討されている。
  県庁通りー岡山市ー
岡山県庁通りは、岡山県庁から岡山駅前通りのイオンモール岡山正面へ延びる道路。
沿道には、中国銀行岡山本店、路面電車岡山電気軌道の停車場、東山線ー「県庁通り」、清輝橋線ー「郵便局前」、天満屋岡山店、表町商店街、ショッピング・オフィスビル「クレド岡山」、柳川通り、岡山農業会館ビル、西側緑道公園など憩いの場としての公園とショッピングの場、路面電車停留所などがある。
イオンモール岡山の進出に伴い、岡山駅周辺の繁華街と岡山天満屋を中心とする岡山表町商店街を結ぶルートとして注目を浴びている。
 
           
   イオンモール岡山          
  イオンモール岡山
岡山県岡山市北区下石井1丁目2番1号
旧林原の所有地であった、岡山駅南約300mの約4万6,000uの敷地に、延床面積約250,000u、総賃貸面積約8万8,000uのショッピングセンター、イオンモール岡山が巨大な姿を現わした。
地上8階、地下2階、約350の専門店が入る中・四国地方では最大級の「都市型大規模モール」で2014年12月5日10:00グランドオープン
報道によると年間2,000万人の集客を見込んでいるとのこと。

イオンモールは、車中心のショッピングモールとして大規模な駐車場が確保しやすい都市郊外を中心に立地してきたが、政令指定都市の中心駅前から徒歩約5分の所にこのような大規模の商業施設を立地するのは初めての様子。
コンセプトーおかやま未来スタイル創造特区。
1〜4階ー先端ファッション、フードコート
5〜7階ーレストラン街、ルーフトップガーデン、OHKのスタジオ・報道部門オフィス、シネマコンプレックス、座席数約600席のホールなど。
駐車場ー収容能力約2,500台

イオンモール岡山採用ホームページ