旅 瀬戸内(たびせと)

京都大原の里の旅 GoogleMap
     
    三千院方面  
     
   三千院   宝泉院   
  京都大原の里案内
京都大原の里は京都市街の北部に位置する盆地で、比叡山の麓近くであったことから、三千院をはじめ、寂光院、勝林院、宝泉院、来迎院など声明の修練道場を中心とする天台宗系の寺院が建立されている。また、里の中を平安京と若狭湾の小浜を結ぶ若狭街道(別名 鯖街道ー江戸時代、現在の国道367号線)が走っている。
大原の里は、都に近く、多くの寺院があり、静かなたたずまいの里であったことから、皇族や武家の出家や隠棲の地として建礼門院や惟喬親王などの貴人が出家、隠棲された史跡も多く、その史跡を訪ねる人々もあとを絶たない。
大原の里の、紺無地木綿の筒袖の着物に御所染めの帯を前で結び、はばきを前で合わせてわらじ履きに白い手ぬぐいを被って柴を頭に載せた大原女(おはらめ)の姿は有名。
このいでたちは、寂光院に隠棲した建礼門院に仕えた阿波内侍の衣装が原形といわれている。
大原の里の秋の紅葉は素晴しく、三千院、寂光院など有名寺院は多くの観光客が訪れるが、来迎院や宝泉院など観光ルートから一歩はずれた寺院は落ち着いた雰囲気で紅葉を楽しむことができる。
また、大原の里は紫蘇(しそ)の栽培が盛んで紫蘇の里、柴葉漬(しばづけ)の里としても知られており、三千院への参道には多くの漬物店が並んでいる。
                                                                                大原の里案内図
京都大原 三千院
苔むす庭園の中にある往生極楽院と国宝の阿弥陀三尊像は必見。初夏の新緑、秋の紅葉シーズンには多くの観光客が訪れる。
宝泉院

樹齢約
700年といわれる五葉の松と額縁庭園が有名。抹茶をいただきながらの庭園鑑賞は心の癒されるひととき。
 
       
   勝林院   後鳥羽天皇・順徳天皇大原陵   来迎院  
勝林院
大原問答で知られたかっての声明の修業道場。大伽藍の大仏と欄間の彫刻、秋の紅葉の季節には本堂に向かって右側の東屋からの庭の眺めが素晴しい。
来迎院
藤原期の薬師・阿弥陀・釈迦三尊仏は重要文化財。かっての天台声明の道場。
念仏寺 魚山 音無の滝
音無の滝
聖応大師良忍上人が、この滝に向かって声明の修行をしていると滝の音と声明の音が和して、ついには滝の音が聞こえなくなったという故事にちなんだ名前の滝。
春は新緑と藤の花、秋は紅葉の名所になっている。

実光院 律川に架かる未明橋 浄蓮華院(宿坊)
実光院
この寺の歴代住職の本務は声明を伝承すること。
契心園の紅葉の中の不断桜(開花期10月〜3月)はめずらしく、また春のとシャクナゲが美しい。
寂光院  高倉天皇皇后徳子(建礼門院)大原西陵 桂徳院
寂光院
壇ノ浦の戦いの後、建礼門院が、敗れた平家一門とわが子・安徳天皇の菩提を弔うため出家、隠棲された寺として今も多くの人が訪れている。建立は推古2年、聖徳太子とされている。
高倉天皇皇后徳子(建礼門院)大原西陵
寂光院の後ろにある。参道は、寂光院への入口を50m程、草生川沿いに下った所にあり、細い参道を左に100m程登ると陵がある。
寂光院から三千院への散策路を歩いていくと草生川に架かる橋を渡り、朧の清水へ行く途中、少し入った所に桂徳院がひっそりと建っている。
桂徳院
寂光院近くにある小さな寺。観光客はほとんど訪れていないが庭に忘れ難い趣がある。

朧(おぼろ)の清水  寂光院方面(朧の清水付近より) 高野川(寂光院道の橋より)
(おぼろ)の清水
建礼門院が寂光院に隠棲する途中、月明かりのもとに映ったご自身のやつれた姿に嘆かれたといわれる泉。

朧の清水から寂光院方面を降りかえると紅葉が美しい。寂光院は谷合の奥のほうに・・・。
三千院への散策路、若狭街道(現在の国道367号線)を越えると、大原の里を流れる静かに高野川(たかのがわ)の橋を渡る。
紫蘇畑 焼きおかき 大原郷土館
京都バス大原案内所から三千院への参道を登っていくと、両脇にみやげ物店が並び始め、大原の里の特産である紫蘇畑の案内そして「焼おかき」のこうばしい匂いがしてくる。
味工房 志野 志ば久 呂川
右に呂川、左にみやげ物店が並ぶ参道を登っていくと右側に棚田の案内板が見えそれに従って参道をはずれると大原の里が見渡せる高台にでる。
西山 東山 比叡山
高台からは大原の里の向こうに西山と、家並みが入りこんだ谷合が見える。谷合の奥は寂光院。
薬師如来大原御香水 浄楽堂 惟喬親王の墓
薬師如来大原御香水
弘法大師の高弟が悪疫退散のために掘ったと伝えられており旧暦の6月16日の午前中だけ湧くとの言い伝えがある。
腹痛や癪に効用があり「仙気の水」ともいわれている。
個人の住宅内にある為通常は公開されておらず、旧暦の6月16日にのみ「如来の水」として一般に提供されるとか。

惟喬親王の墓
文徳天皇の第一皇子であったが、母方が藤原氏の出身でなかったため皇位に就けなかった悲運の親王の墓。
大原女と大原の里 京都草木染工房 里の駅 大原
惟喬親王の墓から京都草木染工房方面へ降りていく途中に、大原女の彫刻をした杉の立ち木があり、そこからは大原の里がよく見える。
里の駅 大原
地域づくりの拠点として2008年6月にオープン。旬菜市場では地元産野菜や加工品の直販をもちの館ではもちの製造・加工・販売を行うとともに、朝がゆのモーニング、軽食を用意。
ここでは毎週日曜日に朝市も開催される。
乙が森 京都バス大原案内所・乗り場 大原山荘
(おつう)が森
大原の里に伝わる悲しい村娘おつうの伝説があり、最後に大蛇に化けて復讐を図ったといわれる乙の鎮魂の墓三ヶ所のうちの一つ。

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