旅 瀬戸内(たびせと)    五社宮野口神社 GoogleMap    
   
        
  五社宮野口神社
TEL079−422−4352
〒675−0012 兵庫県加古川市野口町野口326
播磨は古く中央政権への「文化の通り道」としての役割があり、近代国家建設に貢献した渡来系の人たちが往来しました。
仏教伝来の流れの中で寺院が建てられ、古代寺院として奈良時代(8世紀)に野口神社のところに寺院(通称「野口廃寺」)が建立されました。
近くには秀吉により天正6年(1578)に攻め落とされた野口城がありました。
のち江戸時代、慶安4年(1651)に社殿が、寛文6年(1666)に鳥居が建てられ、山王五社宮(ごしゃのみや)−五社大明神、五社山神宮寺ーとして約250年間、社僧12代により栄えてきました。
江戸末期には、頼山陽(1780〜1832年 儒者 歴史家)が立ち寄り、
(近くに松柏をめぐらした威厳に満ちた深い森を見、はるか向こうに瀬戸内の波をながめ、人を豊かにし幸福をもたらす恵みが一面に広がっていることがわかる)という詞を読みました。
  神社の前の道は西国街道で、江戸時代参勤交代が行なわれ、伊能忠敬(いのうただたか)などが通りました。
明治になり政府は神道を国教と定め「神仏判然令」(1868)を出して神と仏を厳然と区別しました。
その結果、神社にあった神宮寺はただちに撤去され、社名も五社宮(5つの神を祀るので五社宮という)から野口神社と改称されました。
祭神は比叡山の麓の山王総本宮日吉大社より勧請(かんじょう)−分霊をお招きーした大山咋命(おおやまぐいのみこと)−通称名日吉(ひよし・ひえ)大神を主祭神とし他に4祭神よりなります。

(主な年中行事)
1月1日・・・・・・・・・・・・・・・・・・・歳旦祭
1月18・19日・・・・・・・・・・・・・・・厄神祭
7月28日・・・・・・・・・・・・・・・・・・夏祭(湯立)・大祓祭
10月15日に近い土・日・・・・・・例祭(秋祭)
11月・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・七五三詣り
11月23日・・・・・・・・・・・・・・・・・新嘗祭(にいなめさい)
12月31日・・・・・・・・・・・・・・・・・大祓祭(おおはらえさい)
 
  (祭神)
@大山咋命(おおやまぐいのみこと)ー日吉(ひえ・ひよし)大神ー・・・・・・家内安全、五穀豊穣、子宝、安産、良縁、商工業繁栄、病気平癒、学業成就、魔除け、方除け、諸願成就 等
A品陀別命(ほんだわけのみこと)−八幡大神ー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・厄除け、開運、家内安全、学問成就
B須佐之男(すさのおのみこと)−八坂(やさか)大神ー・・・・・・・・・・・・・・諸災祓い、病気平癒、無病息災、商売繁昌
C速玉男命(はやたまおのみこと)−熊野大神ー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・国土安穏、農業・商業の繁栄
D天伊佐々比古命(あめのいささひこのみこと)−日岡大神・・・・・・・・・・子宝・安産
(現地案内板)
野口神社案内図
 
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   野口神社 鳥居   野口神社 随身門(大門)    野口神社 外拝殿   
         
  野口神社 注連鳥居ー頼山陽句碑ー    野口神社 拝殿    野口神社 幣殿・本殿   
  野口神社 注連鳥居ー頼山陽句碑
近環松柏見威霊(めぐらししょうはくいれい)之森厳 遙面波涛(はとう)知膏澤(こうたく)之弥(いやみちる)
ー近くに松柏をめぐらした威厳に満ちた深い森を見、はるか向こうに瀬戸内の波をながめ、人を豊かにし幸福をもたらす恵みが一面に広がっていることがわかるー
頼山陽(1780〜1832年儒者、歴史家)
         
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   野口神社 摂社・末社   野口神社 境内    野口神社 神輿殿   
         
   野口神社 皇大神宮社    野口神社 社務所   野口神社 薬医門   
     
   野口神社 大松殿    野口神社 参道ー西国街道より北側ー   野口神社 西国街道   
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