旅 瀬戸内(たびせと)

御室 仁和寺(おむろ にんなじ) GoogleMap
   
二王門
仁和寺 金堂 御殿入口
仁和寺 〒616-8092 京都府京都市右京区御室大内33 TEL075-461-1155 御室会館TEL075-464-3664
拝観時間(   )内は受付時間:3月〜11月ー9:00〜17:00(9:00〜16:30) 12月〜2月ー9:00〜16:30(9:00〜16:00)
拝観料:御殿 個人ー大人500円 高校生500円 中学生300円 小学生300円 団体(30名以上)ー大人450円 高校生450円 中学生250円 小学生250円
     霊宝館 個人ー大人500円 高校生500円 中学生300円 小学生無料 団体(30名以上)ー大人450円 高校生450円 中学生250円 小学生無料
     茶室(遼廓亭・飛濤亭)(特別拝観):一律1,000円(5名以上、往復はがきにて申込)
     特別入山料(御室桜開花期間):個人ー大人500円 高校生500円 中学生200円 小学生200円 団体(30名以上)−大人450円 高校生450円 中学生180円 小学生180円

真言宗御室派の総本山で、平成6(1994)年に世界文化遺産に登録された。
平安時代前期に光孝(こうこう)天皇が創建に着手した後、仁和4(888)年に宇多(うた)天皇が完成させ、仁和寺と名付けた。
宇多天皇は、退位の後、出家して、仁和寺内に僧坊を営み、三十余年間修行に専心したため、法皇が御座する室(僧房)ということから、「御室」が後に仁和寺周辺の地名となった。
以後、明治維新まで約千年間、皇子皇孫が門跡をして法燈を伝えたが、その間、応仁の乱の戦火で全伽藍を焼失し、双岡(ならびがおか)西麓に仮御所を設けた時期もあった。
現在の伽藍は、江戸時代初期に徳川家光の協力を得て再建されたもので、御所の紫宸殿(ししんでん)を移した金堂(国宝)をはじめ、御影堂・観音堂・鐘楼・五重塔・経蔵・二王門(いずれも重要文化財)などは当時の建物である。
仁和寺境内は仁和寺御所跡として史跡に指定されている。
西門から成就山の麓にかけて、「四国の八十八ヶ所霊場を縮小した「御室八十八ヵ所があり、中門の左手には、遅咲き桜の名所として有名な「御所桜」(名勝)が見られる。
                                                                                      仁和寺案内図
                                                                                
現地案内板
国宝 仁和寺 金堂 建築 江戸初期 寛永年間(1624〜1644) 本尊 阿弥陀三尊
仁和寺の本堂。現在の金堂は慶長年間(1596〜1615)造営の内裏紫宸殿を寛永年間(1624〜1644)に移築したもの。
当時の宮殿建築を伝える現存最古の紫宸殿として国宝に指定されている。
堂内には、本尊である阿弥陀三尊像や、四天王像などが安置されている。
*紫宸殿=御所の中心的建物。
*宮殿建築=天皇が使用する建物の総称。
(現地案内板)
平安時代の仁和寺には、「平家物語」では、崇徳上皇平経正源義経などがかくまわれ、また、別れに訪れている。
真言宗仁和寺第5世門跡覚性法親王 真言宗仁和寺第6世門跡守覚法親王
  宸殿  宸殿の南庭 庭園  
京都の文化財 仁和寺
仁和寺は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)で採択された世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約に基づき、「古都京都の文化財」のひとつとして世界遺産リストに登録されました。
このことは、人類全体の利益のために保護する可知のある文化遺産として世界遺産リストに登録されました。このことは、人類全体の利益のために保護する価値のある文化遺産として、とくに優れて普遍的価値をもっていることを国際的に認められたことになります。
仁和寺は、仁和4年(888)に宇多天皇により完成した勅願寺で、また皇子・皇孫が門跡を努めたことから門跡寺院の筆頭とされて「御室御所」といわれています。
応仁の乱(1467〜1477)により全伽藍を焼失しましたが、寛永18〜正保元年(1641〜1644)に再興され、このとき当時御所にあった紫宸殿と常御殿が移築されて、それぞれ金堂と仁和寺御殿(明治20年焼失)に転用されました。また清涼殿の古材を用いて御影堂が造営されたほか、二王門・中門・五重塔などが建てられ、境内の整備が進められました。現在みられる伽藍は、主としてこのときのものです。
金堂は正面7間、側面5間の大規模な建物で、屋根が桧皮葺から本瓦葺へ改められているものの蔀戸をめぐらせるなど桃山時代の宮殿建築の趣をよく伝えています。
(現地案内板)
飛涛亭と五重塔 霊明殿 白書院
謡曲「経正」と仁和寺
謡曲「経正」は、生前琵琶に堪能であった平経正の妄執を描いた修羅物である。
平経正は幼少の時から仁和寺御所の御寵遇を蒙り、青山という琵琶の名器を拝借したが西海の合戦で討死したので御所では僧都行慶に仰せつけてこの琵琶を手向け、管弦講を催して、その跡を弔われた。
すると経正の幽霊が夢幻の如く表れ出でて琵琶を弾き、又修羅の苦患を示した。という曲である。
仁和寺は御室ともいい、仁和年代光孝天皇の建立された真言宗御室派の本山で、宇多天皇御落飾の後この所に一堂を構えてお住みになったので御室又は仁和御所という。
爾来常に法親王のお住みになる所となった格式のあるお寺である。
御室の桜で有名である。
                     謡曲史跡保存会
(現地案内板)
黒書院 中門 御室桜
観音堂 五重塔 経蔵
重要文化財 観音堂 建立 江戸初期 寛永18年(1641)〜正保元年(1644) 本尊 千手観音菩薩
現在の建物は寛永18年〜正保元年にかけて建立。
千手観音菩薩を本尊とし、脇侍(きょうじ)として不動明王(ふどうみょうおう)・降三世明王(こうざんぜみょうおう)、その周りには二十八部衆(にじゅうはちぶしゅう)を安置する。
重要文化財
 五重塔
建立 江戸初期 寛永21年(1644) 本尊 大日如来。
寛永21年(1644)の建立であり、総高は36.18メートル。東寺の五重塔と同様に、上層から下層にかけて、各層の幅にあまり差が見られない姿が特徴的である。
重要文化財 経蔵 
建立 江戸初期 寛永(1644)正保年間(1644〜1648)。建物は禅宗様で統一される。
内部は釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩などを安置し、壁面には菩薩や羅漢(らかん)などが描かれている。
内部中央には八面体の回転式書架(輪蔵ーりんぞう)を設け、各面に96箱、総計768の経箱を備える。
鐘楼 御影堂 境内
重要文化財 御影堂 
建立 江戸初期 寛永年間(1624〜1644) 本尊 弘法大師
真言宗の祖師である弘法大師空海、仁和寺開山寛平法皇、第二世性信親王を安置する。
現在の御影堂は、慶長年間(1596〜1615)造営の内裏清涼殿の一部を賜り、寛永年間(1624〜1644)に再建されたもの。
喫茶・軽食・甘味 篝(かがり) 京福電鉄 北野線 御室(おむろ)駅 京福電鉄 北野線 帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅
仁和寺の近くの交通機関
京福電鉄 北野線 御室駅
嵐山・嵯峨野方面へは、
京福電鉄 北野線 御室駅から終点の帷子ノ辻へ行き帷子ノ辻で乗換⇒京福電鉄嵐山線で嵐山まで
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