旅 瀬戸内(たびせと)

熊野那智大社 GoogleMap
        
     重盛手植えの樟  
     
  一の鳥居     本殿   
  那智熊野大社の御案内 〒649-5301 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1 TEL0735-55-0321
この地を「熊野」と申します。
クマとは「奥まった処」「隠れたる処」との意があり、そこは「上座」であり「聖」なる地と位置づけています。
「クマ」と「カミ」は同じ意味があり、「クマノ」は「カミの野」で神々の住まえる地といえます。
神倭磐余彦命はこの地に上陸され、八咫烏の案内で大和の地に着き神武天皇となられました。
その時に那智の瀧を大己貴命の御霊代として祀られたのが那智山信仰の起こりと伝え、仁徳天皇五年(約1680年前)この地に社殿を建立したと伝えています。
古来、「日本第一大霊験所・根本熊野三所権現」那智山熊野権現と称し、御社名を「熊野那智大社」と申し、御祭神は、熊野夫須美大神と申し上げ、日本で最初の女神「伊弉冉命」を主神とし十二柱の神々をお祀りし、全国に鎮座する約四千余社の熊野神社の御本社(熊野本宮大社 熊野速玉大社とともに)であり、熊野三山の一社であります。
重畳と続く紀伊の山々の果て、前面に大海原が拡がる温暖の地は京洛より山川八十余里、往復一ヶ月を要し後白河法皇の三十四度・後鳥羽上皇の三十一度を始め数多くの人々が続々と熊野詣を為し、その様子を「蟻の熊野詣」と称しています。
御社殿は、熊野権現造りと称し正面五棟・側面一棟と御懸彦社・鈴門・瑞塀から成っており、往古、織田信長により焼き討ちに逢い、豊臣の代に再興し、享保・嘉永に修復し、最近では、昭和九年の室戸台風の被害により解体修復が行われ、平成七年に国指定文化財となりました。
更に、平成十四年より檜皮の葺き替え・丹塗りの塗り替えを行い、御社殿及び境内域はこの度「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に認定され、この那智山社域一帯は吉野熊野国立公園特別地域であります。
                               那智山 熊野権現
                                   熊野那智大社
(現地案内板) 
                                           熊野那智大社案内図
 
熊野那智大社の境内には、平重盛お手植えの楠や藤原秀衡が熊野詣の時に奉納したといわれる秀衡桜がある。
         
  八社殿    宝物殿   秀衡桜  
那智山集落 境内 実方院跡
参道 青岸渡寺 那智の滝
熊野那智大社と並んで青岸渡寺があり、その境内から見える、三重塔と那智の滝との組み合わせは素晴しい風景である。
熊野那智大社、青岸渡寺、那智の滝は一体でひとつの観光地、参拝地と考えて回るのが良い。
那智の滝から青岸渡寺への参道 伏し拝み 那智山観光センター・駐車場
神社防災道路 熊野那智大社ホームページ

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