旅 瀬戸内(たびせと)    長岩城跡 GoogleMap    
   
     
     
     
  長岩城跡        
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  長岩城跡 問い合わせ先TEL中津市耶馬溪支所総務課 地域・観光振興係0979-54-3111 所在地 耶馬溪町大字川原口 GoogleMap
豊前の国の守護職宇都宮信房は弟重房に下毛野仲郷を分与した。
重房は姓を野仲と改め建久9(1198)年に長岩城を創築した。
以後野仲氏二十二代、三百九十年間の居城となった。
この城は高い山や深い谷窪、岸壁等の天険の要害をとり入れ、石塁、砲座、塹壕等にて防備を補強した山城である。
二十ヶ所に点在する石塁の長さは、延七百メートル余の長さに達する。
戦国時代の山城としては、九州における最大規模のものであり、尚銃眼のある石積櫓は全国に類例を見ない貴重な文化遺産である。
野仲氏は次第に勢力を拡大し、下毛郡の政治軍事を掌握し、凡そ四百年間、下毛郡の統治者として栄えた。
全盛時代の所領支配は、宇佐郡、下毛郡の一部にまで拡大した。
その間、元寇の役や、玖珠城の戦、大友義鎭(宗麟)の耒等で下毛郡の勇者としての強豪ぶりを発揮した。
然し天正十六(1588)年には、後藤又兵衛を先陣とする黒田長政の精兵三千五百騎の大軍に攻められ、迎え討つ長岩軍は城主野仲兵庫守鎭兼以下一族郎党七百余、与力雑兵八百余、合せ総勢千五百余、難攻不落を誇った堅城に楯籠り勇戦したが、多勢に無勢、遂に落城し、野仲一族は自決滅亡した。
以後廃城となる。      耶馬溪町。長岩城址保存会
(現地案内板)長岩城址案内図
 
     
     
      長岩城址登山口の川原口集落       
         
   川原口集落    長岩城跡   川原口集落   
   川原口集落
長岩城跡への登山口になる川原口集落。
駐車場が無いので迷惑にならないように・・・・。
  長岩城跡
行くのが午後になった為、逆光。
  川原口集落
秋色の集落が美しい。
 
 
         
   長岩城跡登山口    長岩城跡登山口    一之城戸跡  
  長岩城跡登山口
橋の入り口には、猪の侵入を防ぐための柵が。
柵を開けたなら、後は必ず閉めましょう。
  長岩城跡登山口
長岩城跡登山口を登っていると、下山してきた城跡巡りをやっている人たちと出合い。
城跡にはかなり詳しそう!
 
  一之城戸跡
今日岡山まで帰る予定なので誠に残念ながら今回はこの一之城戸跡まで。
 
 
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