旅 瀬戸内(たびせと)

灘黒岩水仙郷 GoogleMap
       
    お登勢の里   
       
  灘黒岩水仙郷     沼島  
     
  鳴門海峡を渡り、福良湾をすぎて、淡路島の南に広がるのどかな田園地帯を過ぎると、紀伊水道に面した急傾斜地の下を走る道路に出る。
このあたりは、第2次世界大戦の終戦直後、猪、鹿、猿や台風の被害に悩まされながらも急傾斜地を開拓し、その後、水仙郷として脚光を浴びるようになった地域である。
訪れた頃は、11月でまだ水仙の季節外で閉鎖されていたため、水仙の咲いた山上からの絶景を眺めることは出来なかったが、暖かい紀伊水道に面した水仙の里の雰囲気を推測することはできた。
灘黒岩水仙郷からの眺め

海の方を御覧になって下さい。
左前方は紀淡海峡で左斜め前方は和歌山市です。
この正面は紀伊半島の突端で黒潮の流れ込む紀伊水道です。
目の前に浮かぶ島は沼島で周囲1.5km、浦には名奇岩が立ち並び釣りの名所となって居ります。
戸数六百余、近海は数々の魚の宝庫です。
右斜め前方に薄く見えているのが四国の山並みで、徳島、小松島、日和佐方面です。
四国と淡路の突端開ける事1.5kmここに天下の絶景、鳴門の渦潮が大鳴門橋より見られます。
(現地案内板より)

お登勢の里
幕末から維新にかけての変革の時代、運命は思わぬ方向に流されながらも愛に包まれ、力強い歩みを続ける。
そんなひたむきな生き方をした「お登勢」は、黒岩水仙郷に生まれ可憐な水仙のようでいて、芯の強さを持った女性である。
貧農の娘「お登勢」は奉公に出、稲田家の分藩騒動が原因で、北海道静内へ移住し開拓に従事するようになって愛を貫き、修羅場をくぐり、大地に生きる永遠の女性像が刻まれていく。
船山文学長編ロマン「お登勢」の生誕の地淡路灘黒岩に咲き乱れる水仙は、歴史に翻弄され懸命に生きた「お登勢」の生き様を写しているようである。
       平成13年12月建立
(現地案内板より)
 
西方面 東紀淡海峡方面