旅 瀬戸内(たびせと)

       
      黒田家廟所ー黒田官兵衛ゆかりの地ー GoogleMap    
             
     
       
     
  黒田家廟所黒田官兵衛ゆかりの地ー 兵庫県姫路市御国野町御着1150−3
ここの墓所には、黒田孝高(よしたか)(官兵衛のち如水)の祖父・重隆(しげたか)と生母(明石氏)の二人がまつってあります。
黒田家は御着城主小寺家の家老となり、重隆の時から姫路城を守って姫路城主となりました。
姫路城主は子の職隆(もとたか)、孫の孝高とつぎましたが、1580(天正8)年秀吉の播磨平定の時、孝高は姫路城を秀吉に譲り、父職隆と自分は国府山城(妻鹿)に移りました。
職隆の墓所は妻鹿にあります。
のちに黒田家は筑前福岡の城主となったので、どちらの墓所も地元では「チクゼンサン」と呼んでいます。
ここの墓所は、1802(享和2)年に資材を九州から運んできて造られました。
廟屋を持つ立派なもので、周りの龍山石の石塀から内部は、昭和56年に姫路市指定史跡となっています。
            平成25年3月 姫路市教育委員会 姫路市文化財保護協会
(現地案内板)
 
             

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