旅 瀬戸内(たびせと)    桂小五郎居住跡 GoogleMap    
             
       
     桂小五郎潜伏セシ角屋喜作屋敷跡  
     
    荒物屋跡    桂小五郎潜伏セシ畳屋茂七屋敷跡  
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  桂小五郎居住跡ー荒物屋跡ー
元治元年(1864)7月、禁門の変に敗れた長州藩は、朝敵となり、桂小五郎も追われる身となりましたが、出石の町人甚助、直蔵兄弟の義侠により、京都を脱出し町内各所にかくまわれていました。
当家は荒物商を営んでいた跡です。
愛人の幾松も訪ずれています。
潜居九ヶ月、九死に一生を得た小五郎はやがて回天の大業を為し遂げ木戸孝允と名を改め、維新の三傑と仰がれましたが、この出石こそ桂小五郎の再生の地となったのです。
                                                   出石町観光協会
(現地案内板) 
桂小五郎は、出石の町人広戸甚助、直蔵兄弟の助けにより、京都からここ出石に来て潜伏していたがその間、追っ手の目を逃れる為、出石城下でも数ヵ所の潜伏場所に匿われていた様子。
町内には、潜伏跡の石碑がいくつかある。

この桂小五郎が、後に木戸孝允と名を改め、西郷隆盛、大久保利通と共に維新の三傑と仰がれる人となっている。
また、2013年10月の「BS歴史館」、シリーズ 日本の転換点(2)「東京遷都マル秘大作戦」では、岩倉具視、大久保利通と共に東京遷都に大きく貢献したとされ、この三人の協力なしでは、あの大事業は、出来なかったのではと放送された。
一年近く、伊丹有岡城に幽閉された「黒田官兵衛」といい、大業を為し遂げた人物には、考えられないような大きな苦難を乗り越えてきていることがわかる。
 
             

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