旅 瀬戸内(たびせと)

春日大社 GoogleMap
          
    春日大社 南門   
     
  春日大社 中門(ちゅうもん)・御廊(おろう      春日大社 幣殿  
  春日大社
第一殿 武甕槌命(たけみかつちのみこと)、第二殿 経津主(ふつぬし)命、第三殿 天児屋根(あめのこやね)命、第四殿 比賣神(ひめがみ)の四柱を本宮に、天押雲根(あめのおしくもね)命を若宮に祀り、その創立は八世紀初頭平城奠都のころに溯る。
古来藤原氏の氏神とされ、朝野の崇敬きわめて厚く広い。境内三千に近い諸灯筥もこれを如実に物語っている。
本宮の御例祭は申祭(さるまつり)と称して3月13日、若宮例祭をおん祭と称して12月17日執行され、ともに古都の印象的祭礼である。
(現地案内板)   
                                         春日大社案内図
 
当大社は今から千二百余年前平城(なら)に都が出来た頃、神代に功績のあらせられた、鹿嶋の武甕槌命を都の東方春日御蓋山(三笠山)の頂上浮雲峯にお祀りし、国土安穏、国民繁栄をお祈りしたのが始まりで(称徳天皇神護景雲2年(768)11月9日今の地に社殿を造営し、香取の経津主命(又は斎主命とも申す)河内牧岡の天児屋根命、比賣神の三柱の大神を共にお祀りし四社明神と崇め奉ったものである。
創立以来上下の崇敬厚く、一条天皇永祚元年(989)2月22日の御幸を始め行幸など三十余度、藤原氏一門又衆庶の参拝夥しくその折々の祈願、慶祝、報賽には種々の神宝調度の奉納、燈籠の寄進があり、又御神徳は春日講の結成、春日曼荼羅、三社託宣、御物春日権現霊験記となって現われ、且つ全国至る処に春日の分社が創立された。
境内は御蓋山及び春日野一帯約三十万坪が旧来より境内地と定められている。
境内に異彩を放つ可愛い神鹿は、現在約千余頭でこれは御祭神武甕槌命が、鹿嶋から春日三笠山に御遷座の折お乗りになった白鹿の繁殖したものと伝えられ、以後神使として愛撫育成されている。
(現地案内板)
春日大社 御本殿(回廊内)
春日大社 中門(ちゅうもん)・御廊(おろう) 春日大社 砂ずりの藤 春日大社 磐座(いわくら)
春日大社 御本殿参拝
春日大社の南門から入ったところに幣殿があり、この幣殿から中門を通じて御本殿を拝むことができる。
春日神社の御本殿は、南門に続く回廊と、中門に続く御廊の二重の廊で囲まれている。幣殿からさらに奥を参拝するためには、幣殿の右側にある参拝受付で初穂料500円を支払う必要がある。
春日大社 一の鳥居から御本殿 (表参道)
萬葉植物園(春日大社神苑) 春日大社 宝物殿 春日大社 表参道
春日大社 一の鳥居から御本殿(表参道)
興福寺南大門跡と猿沢の池の間の三条通を東に突き当たった所に春日大社の一の鳥居がある。
この一の鳥居から二の鳥居をくぐって南門までの参道が表参道で、途中両脇には、若宮神社おん祭御旅所、飛火野、鹿苑、萬葉植物園、宝物殿、二の鳥居などが続く。
鹿苑前ではかわいい小鹿が生まれていると声をかけていただいたが、先を急いでいたため見ることができなかった。後悔している。
春日大社 御本殿から水谷神社
春日大社 慶賀門 春日大社 竃殿(へついどの) 春日大社 御祈祷所
春日大社 御本殿から水谷神社
南門内の本殿に参拝して、「砂ずりの藤」の脇を通り慶賀門を抜けると、竃殿、御祈祷所を経て水谷神社へ通じている。
この参拝路にある神社の内、今回は船戸神社、一言主神社、水谷神社の参拝ができなかった。
春日大社 御本殿から紀伊神社(奥之院) (御間道・奥之院道)
春日大社 摂社 本宮神社遥拝所  春日大社 若宮神社 春日大社 紀伊神社
春日大社 御本殿から紀伊神社(奥之院)
御本殿前の南門から若宮神社までの参拝路は御間道(おあいみち)と呼ばれており、途中には、御蓋山(みかさやま)を拝む「摂社 本宮神社遥拝所」、若宮大楠などがある。
また、若宮神社から紀伊神社(奥之院)を参拝して、新薬師寺のある高畑町へ抜ける道を奥之院道と呼ばれている。
高畑町は、昔から春日大社の禰宜(神官)が住居を構えた所で、上の禰宜道と共にかっては多くの人々の往来があったようである。
今は、若宮神社より奥は、静寂な参拝路となっている。
     
  春日大社 奥之院道 春日大社 上の禰宜道    

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