旅 瀬戸内(たびせと)    如水の井戸ー大宰府天満宮ー GoogleMap    
   
     
     
     
  如水の井戸ー大宰府天満宮ー      
  如水の井戸ー大宰府天満宮ー
TEL092-922-8225 
太宰府市宰府4−7−1
福岡藩主黒田長政の父孝高(よしたか)(如水は法号)は、天満宮を深く崇敬しており、福岡城内に居館が完成するまでの間、此処に草庵を建て、二年間隠棲していた。
その際、茶の湯に使用した井戸。
(現地案内板を参考)
         
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   如水の井戸    如水社   大宰府天満宮   
      如水社
福岡藩祖黒田官兵衛孝高の慰霊を祀っている。
  大宰府天満宮由緒
祭神:菅原道真公
鎮座:延喜3年2月25日
菅原道真公は、承和(じょうわ)12年6月25日京都の菅原院にて御生誕、国家の隆盛と文化の発展に尽され、延喜3年2月25日配所榎寺(えのきでら)に於いて清明(せいめい)の一生を終えられ現在の御本殿の地に葬り、管聖廟(かんせいびょう)安楽寺天満宮と称(たた)えて奉祀す。
誠道守護、学業成就、除災招福等の信仰厚く全国天満宮の総本社とも仰がれる御社であります。
(現地案内板) 
 
         
  宝満山 竃門神社     観世音寺   僧玄ムの墓   
  宝満宮 竃門神社(ほうまんざん・かまどじんじゃ)
石仏や梵字石、僧房跡などを残す宝満山は、中世以降は英彦山と並ぶ修験者の道場となった山。
竃門神社は、山頂の上宮とともに玉依姫命を祭神にしている。
政庁時代の創建で、府の鬼門にあたるところから祀られた。
神社下の竃門山寺跡は、最澄が渡唐する前に安全祈願をしたところで、のちに九州天台宗の拠点となっている。
                    太宰府市
(現地案内板)
  観世音寺ー大宰府ー
百済救済のため九州に下り、661年、朝倉橘広庭宮(あさくらのたちばなのひろにわのみや)ー福岡県朝倉郡ーで亡くなった斉明天皇の菩提をとむらうため、天智天皇の発願によって建てられた寺。
天平18(746)年完成。
盛時、九州の寺院の中心であり、方三町の寺域に七堂伽藍がそびえ、府の大寺とよばれた。
日本最古の国宝梵鐘は有名である。
             太宰府市
(現地案内板)
  僧玄ム(そうげんぼう)の墓
玄ムは奈良時代の僧。
阿倍仲麻呂、吉備真備らと共に遣唐船で中国に渡り、在唐18年、玄宗皇帝によって三品に准せられ、紫袈裟を許された。
帰国後、奈良の宮廷で権力をふるったが、天平17年(745)造観世音寺別当に左遷され、翌年、観世音寺造立供養の日に死去。
政敵藤原広嗣の霊に殺されたと伝えられる。
                 太宰府市
(現地案内板) 
 
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  戒壇院          
  戒壇院ー大宰府ー 別称ー筑紫戒壇院、西戒壇
福岡県太宰府市観世音寺5−7−10
開山 天平宝字5年(761) 鑑真和上 聖武天皇勅願所
本尊 盧舎那仏ー平安時代末ー 国指定重要文化財
戒壇は奈良時代に国家が正式に各宗派僧侶の資格を認める受戒の儀式のためと、戒律のために設けられた。
戒壇は、ここの他に、奈良の東大寺、下野(栃木県)の薬師寺に置かれ、天下三戒壇といわれた。
本堂内戒壇には、天竺(インド)、唐(中国)、大和(奈良)三国の土が納められている。
江戸時代に観世音寺を離れ、現在は禅寺ー臨済宗妙心寺派ーである。
(現地案内板を参考)
 
         
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