旅 瀬戸内(たびせと)

高雄山 神護寺 GoogleMap
     
     高雄橋   
     
  神護寺 金堂     神護寺 文覚上人の墓   
  高雄山 神護寺(じんごじ) TEL075−861-1769 〒616-8292 京都市右京区梅ヶ畑高雄町5
高雄山と号し、高野山真言宗の別格本山である。
当寺の起源は、もと高雄山寺といい、天応元年(781)愛宕(あたご)五坊の一つとして建立されたといわれ、また和気清麿(わけのきよまろ)が河内(かわち)国(大阪府)に建てた神願寺を天長元年(824)この地に移し、空海(弘法大師)が住持となって、神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ)と改称した。
その後寺運は次第に衰え、寿永3年(1184)文覚上人の中興もあったが、応仁の乱で再び衰え、豊臣・徳川氏などによって暫次修営され、現在に至っている。
大師堂(重要文化財)は桃山時代に再建されたもので納涼房といって、もと空海の住房であったと伝える。
また鐘楼にかかる銅鐘(国宝)は貞観(じょうかん)17年(875)の鋳造で橘広相(たちばなひろみ)の序詞・菅原是善(これよし)の撰銘・藤原敏行の書で古来三絶の鐘といい、著名である。
金堂内の薬師如来立像・多宝塔内の五大虚空蔵菩薩坐像(いずれも国宝)のほか、多くの重要文化財を有する。
                                                        京都市
(現地案内板)
                                                          
神護寺付近案内図
  神護寺境内案内図
拝観料:大人500円 小人(小学生)200円 団体割引(30名から) 大人450円 小人(小学生)150円
交通:JR京都駅より JRバスで約50分 山城高雄下車 阪急烏丸駅・大宮駅より 市バス8系統で約45分 高雄下車
京都南ICより162号線経由で約50分
 
       
神護寺 楼門 神護寺 大師堂 神護寺 金堂正面石段
神護寺 楼門元和9(1623)年頃建立ー
高雄橋を渡り約350段の石段を登った所にある。両脇には持国天・増長天が安置されている。
途中、石段の両側斜面は、もみじの林であり、数件ある茶屋では初夏の新緑、秋の紅葉を楽しむことができる。
神護寺 大師堂ー柿葺 板彫弘法大師像ー
前身の高雄山寺の頃の弘法大師の住い跡に建てられている。
神護寺 金堂へ参拝する石段の前に五大堂と毘沙門堂が並んで建っているがその毘沙門堂の南西側。
         
神護寺 毘沙門堂 神護寺 五大堂 神護寺 地蔵院
神護寺 毘沙門堂ー入母屋造 銅板葺 安置仏 毘沙門天立像(重要文化財) 元和9(1623)年再建ー
金堂へ参拝する石段の下に五大堂と並んで建っている、元の金堂。春の桜、秋の紅葉が美しい。
 
神護寺 五大堂ー入母屋造 銅板葺 安置仏 五大明王像(不動・降三世(こうさんぜ)・軍荼利(ぐんだり)・大威徳(だいいとく)・金剛夜叉(こんごうやしゃ) 元和9(1623)年再建
神護寺 地蔵院ー明治33(1900)年再建 安置仏 地蔵菩薩像ー
地蔵院のそばには、茶店があり、「かわらけ投げ」の「素焼きの皿」を置いている。
神護寺 竜王堂 神護寺 多宝塔 神護寺 書院
神護寺 多宝塔ー安置仏 五大虚空菩薩像(国宝) 昭和9(1934)年建立ー
金堂の背後 北西部に建っている。実業家 山口玄洞氏の寄進による。向かって右から文覚上人の墓への参道へ通じている。徒歩約20分。
神護寺 書院

楼門を入って右側にある。書院の唐門は田中亀太郎氏の寄進により昭和初期に建立。
神護寺 和気清麿公霊廟 神護寺 明王堂 神護寺 鐘楼
神護寺 和気清麿公霊廟
かって和気清麻呂公を祀った護王神社があった所に昭和初期に建立。楼門を入って右側、書院の奥。護王神社は京都御所近くに移築されている。
神護寺 明王堂
和気清麿公霊廟に向かって左側にある鐘楼への階段のそばにある。
神護寺 鐘楼
和気清麿公霊廟に向かって左側にある階段を登った所にある。元和年間(1615〜1624)に京都所司代板倉勝重により再建。
楼上の梵鐘は国宝、貞観17(875)年の作。当時の一流文人・歌人の合作で「三絶之鐘」として知られている。
神護寺境内 神護寺 宝蔵 神護寺 参道の茶店
神護寺ホームページ

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