旅 瀬戸内(たびせと)

厳島合戦跡(毛利元就上陸の地)
     
  包ヶ浦  弘治元年(1555)
1955年(弘治元年)9月30日の夜半、毛利元就は長男隆元、二男吉川元春以下三千五百余の主力軍を率い、折からの暴風雨と夜陰をついて対岸の地御前火立岩(廿日市市)から、塔の岡に本陣を置く陶晴賢に奇襲をかけるためこの地に上陸し、直ちに舟を帰し文字通りの「背水の陣」を敷いた。
また、この浦の名を「包ヶ浦」と聞いて、「鼓はうつべきもの、もはや敵は討たれたも同然」と将兵を励ましたという。
翌10月1日未明、元成は目前の山を越え陶軍の背後にある博奕尾に登り、早朝一気に山を下り、陶軍の本陣を急襲した。
(現地案内板より)
 

世界遺産の島宮島へ戻る 広島県瀬戸内沿岸地域・諸島の旅へ戻る Home