旅 瀬戸内(たびせと)

伊曾乃神社 GoogleMap
     
    伊曾乃神社 本殿   
     
    伊曾乃神社    伊曾乃神社 拝殿  
  伊曾乃神社
祭神     伊曾乃神(いそののかみ)(天照大神) 武国凝別命(たけくにこりわけのみこと)
社格     名神大社 旧国幣中社
宝物     奥州新居系図(国指定重要文化財)
        伊曾乃大社祭禮絵巻(市指定文化財)
例祭日    10月15日
成務天皇7年  137年    創紀
天平神護元年 765年    伊予国初の神戸(十烟)を授かる
仝2年       766年    全国初の神位(従四位下)に叙す
永治元年    1141年    神位(正一位)極位に叙す
寛文10年    1670年    西条藩主 松平頼純公より社地寄進さる
昭和15年    1940年    国幣中社に列格
昭和57年    1982年    皇太子(浩宮親王殿下)御親拝
当社は第12代影行天皇の皇子 武国凝別命が伊予の国国土開発の大任をおび此の地に封ぜられた時、伊勢神宮より天照大神を奉斎し此の地に祀る後に命の子孫である伊予三村別(いよみむらわけ)氏により天照大神と始祖武国凝別命とを合わせ祀り、伊曾乃神と称するを神社のはじめとす。
奈良時代には皇室の崇敬厚く、新羅遠征や南海道の海賊平定などの国家的行事の奉幣祈願が数多く斎行され、伊予国第一の大社として社運隆々と栄え、全国で始めて神位を授かるに至る。
また延喜式神名帳にも名神大社としてその名を知られる。
江戸時代には絢爛豪華な祭禮で知られるだんじりみこしの奉納がはじまり、歴代藩主から手厚く保護され、今なお連綿と当時の時代絵巻を受け継いでいる。
昭和15年、県社から国幣中社に昇格し、社殿は入蜻蛉造(いりとんぼつくり)から現在の神明造に改められ、当時のままに伊予国有数の古社として威容を保っている。
(現地案内板)
 
     
           
   伊曾乃神社 神木 くす    伊曾乃神社 神門    天満神社   
  西条市名水・名木50選 伊曾乃神社の社叢(しゃそう)
伊曾乃神社は天照大神(あまてらすおおみかみ)・武国凝別命(たけくにこりわけのみこと)を祀っていて、古い歴史を持っています。
社殿は昭和15年に新しく建て替えられたもので、総ひのきの神明造りです。
神社の回りには、うっそうと茂った木々があります。
特に境内正面にある神木と呼ばれるくすは。目通り周り約5.5メートル、高さ約30メートル推定樹齢700年の大木です。
            平成3年3月選定
(現地案内板)    
 
           
   遥拝社    鎮守神社ー又野神社ー   御先神社   
  国指定重要文化財 与洲新居系図
これは新居氏の一族である東大寺戒壇院の長老示観国師凝然が、弘安4年(1281)に伊予の豪族新居氏の家系を消息文の紙背へ詳細に書いたもので3.6メートル余りの横系図である。
伊曾乃神社の祭神である武国凝別命の子孫が新居氏と呼ばれ、系図には、上は一条天皇の頃から下は後宇多天皇の頃までおよそ300年間にわたって12世5百人が書かれている。
この新居系図は、和気系図、海部系図と共に日本三大古系図とよばれている。
    昭和27年3月29日指定
              西条市教育委員会
(現地案内板)   
 
             
   古茂理神社    寒風山トンネルの岩塊      
  古茂理(こもり)神社
祭神 木花之佐久夜毘賣命(このはなのさくやひめのみこと)
大山津見(おおやまつみ)神の娘で石長毘賣(いしながひめ)の妹、美人の神様にて神武天皇の御祖々母にあたられ後世安産育児の神として信仰あり。
中野村(現在の中野)の産土神。
(現地案内板)
寒風山トンネルの岩塊
この岩塊は寒風山トンネルの坑内工事現場で採取され平成7年7月高知県との県境到達の記念として鹿島・大成共同企業体より当社へ奉納されたものです。
石の名称  泥質片岩(黒色片岩)
石を採取した場所 四国山脈寒風山峰より地底まで890米、坑口より2,849米の地点
神事 昭和63年10月22日 起工式安全祈願祭、 平成元年2月10日 作業坑口付安全祈願祭、平成6年8月25日 2,500米到達祭、平成7年7月27日 県境到達記念安全祈願祭
(現地案内板)
 
           伊曾乃神社ホームページ  

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