旅 瀬戸内(たびせと)    蔭涼寺(いんりょうじ)    
   
      
   蔭涼寺    水墓(水塔)  
  蔭涼寺(いんりょうじ)
蔭涼寺は、寛永9(1632)年、前岡山藩主池田忠雄から与えられた土地に建立された。
  昭和20(1945)年6月29日未明の岡山大空襲により寺は全焼したが、石塔や水鉢は焼けたり、欠けたりしながらも残り、かっての戦火の激しさを今に伝えている。
 岡山市
  ー岡山大空襲による被災建築物説明板ー
(現地案内板)
  水墓(水塔)
延宝元(1673)年11月27日備前藩士水野定之進は朋輩の安宅彦一朗を斬った科により蔭涼寺にて切腹した。
水野家の忠僕七助は、その後主人定之進の菩提を弔うため寺の一隅に住み、その当時庶民の飲料水であった西川の水を濾して城下に売り歩き、少しずつ貯えた金子で、主人の七回忌にこの三重の供養塔を建立した。
 
  広告      
   
         
   蔭涼寺 山門   石塔など      
      Home 岡山県の旅へ 西川緑道公園へ 県庁通りへ イオンモール岡山へ