旅 瀬戸内(たびせと)

今治城 GoogleMap
         
     鉄御門  
       
   今治城天守閣   鉄御門・武具櫓   
  今治城  TEL0898-31-9233 愛媛県今治市通町3−1
今治城は堀に海水が引かれた近世の平城で、大手二の丸に藩主の館を、三の丸大手口の表門に鉄御門(くろがねごもん)、馬出(搦め手)口に山里門を置いていました。藤堂高虎は、慶長7年(1602年)6月から今治城の普請を開始、慶長9年に完成しました。
同時期に徳川家康の天下普請に乞われ、各地の多くの築城の縄張りに関与しています。
従って、今治城は徳川系城郭の雛形と言われています。
高虎の城づくりは、高石垣、広い堀、大手と搦め手を明確化、虎口の出入口には桝形・方形の区画を設け、郭は四角形の構成を基本とすることが多い等の特徴が見られます。高虎は豊臣秀長、豊臣秀吉、徳川家康と多くの主君に仕え、城づくりと現場の体験から、高虎独自の工夫と、当時の最先端の技術を活かし、築城の名手として知られています。
自らの居城としては、紀伊猿岡城、伊予宇和島城・大洲城・・今治城、伊勢津城・伊賀上野城があります。豊臣政権下では秀長の命で出石城、大和郡山城、聚楽第等を、秀吉の命では伏見城等を、徳川政権下では膳所城、再築伏見城、江戸城、丹波笹山城、再築丹波亀山城、再築二条城、再築和歌山城、再築大坂城・淀城などを築いています。
今治城は海浜に位置する大規模な平城、層塔式天守、桝形虎口、舟入等城郭築城上、革新的なものが認められています。主要部を水際に置き、陸地部に郭を広げていく城郭縄張りは、坂本城、近江大津城、膳所城、彦根城等の織豊期につくられた琵琶湖湖畔の城郭に多く見られ、これらの城の縄張りを祖形にしたものと考えられます。
慶長末から寛永年間にかけて徳川幕府は、巨大な城郭を天下普請として驚くべき短期間に築いています。層塔式天守等に見られる、単純で規則的な積み上げ構造は用材の規格化を容易とし、工期短縮も可能とするなど、高虎は城郭構築技術の発展に大きく寄与したと思われます。
(現地案内板より) 今治城案内図
入城可能時間:9:00〜17:00(入城は30分前まで)
ライトアップ:日没30分〜23:00(毎日)
定休日:12月29日〜12月31日
入城料:一般500円、学生250円(高校生以下は無料) 
団体(20人以上)2割引
 
   
       
多聞櫓 武具櫓 御金櫓
藤堂高虎像 天守閣 天守閣
吹揚神社 矢野七三郎像

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