旅 瀬戸内(たびせと)

兵主神社(ひょうずじんじゃ)ー黒田官兵衛ゆかりの地ーGoogleMap
     
     本殿  
     
  兵主神社 本殿・拝殿     拝殿   
  兵主神社(ひょうずじんじゃ)ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
祭神 
大己貴命  八千戈命  葦原醜男  大物主命  清之湯山主三名狭漏彦八島篠命
創建
宝亀5年(1774)1月播磨椽を拝した岡本修理太夫は大和国岡本邑より当地に赴任し延暦元年(1782)正月当社附近の森地四町余を開き神社の造営に着手し同3年申子6月14日兵主神社を勧請す。
氏子
多可郡黒田庄町の内大字岡、喜多、大門、津万井、福地、大伏、及西脇市帯江の七大字を氏子地区とす。
其他
延喜式神名帳により延喜5年(905)式内社に指定、明治6年(1873)11月郷社、大正8年12月懸社指定され昭和20年終戦と共に社格廃止 昭和58年(1983)3月勧請千二百年祭執行
       奉献者 西脇市 株式会社 藤原商店
(現地案内板)
黒田官兵衛と兵主神社
兵主神社の拝殿は、下に記載する通り兵庫県指定文化財となっているが、天正19年(1591)8月27日造立の棟札があり、桃山時代における長床式拝殿として、また、その時代の茅葺入母屋(かやぶきいりもや)造りの様式を伝える建築として、全国的にも稀に見る遺構である。
この拝殿は、羽柴秀吉が、黒田官兵衛に三木合戦の戦勝祈願のために奉納させた奉納金で改築されたと伝えられている。
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   鐘楼   参道    
県指定文化財 兵主神社 拝殿 指定年月日 昭和52年3月29日 所有者・管理者 兵頭神社
創立は、社伝によると、延暦3年(784)6月14日、時の播磨椽(はりまのじょう)岡本修理太夫藤原知恒の創始になるという。
建物は、長床式(ながとこしき)の平面で、支外桁(しがいけた)で軒を支えている。
建物の囲りは一部(西北隅室)を除き開放吹放ちで、内部は正面中央部三間を広間床(ひろまとこ)とし、両脇間境を円柱々列とした特異な意匠になっている。
天正19年(1591)8月27日造立の棟札があり、桃山時代における長床式拝殿として、また、その時代の茅葺入母屋(かやぶきいりもや)造りの様式を伝える建築として、全国的にも稀に見る遺構である。
主祭神は大己貴命(おおむなちのみこと)である。
   平成3年11月  兵庫県教育委員会
(現地案内板)

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