旅 瀬戸内(たびせと)    日蓮宗 大寶山 芳心寺    
             
       
     久松山  
     
   芳心寺 本堂     芳心寺 山門  
  日蓮宗 大寶山 芳心寺 TEL085-722-3583 〒680-0014 鳥取市馬場町6
日蓮大聖人御真骨分安霊場
身延山別院 山陰身延
開創 天文13年(1544)  開山 慈運院日徳上人  開基 龍華院日廣上人
当山は、今を去る457年の昔、天文13年(1544)京都大本山妙顕寺第十世僧正龍華院日廣上人の開基にして(104代後奈良天皇、将軍足利14代義輝の時、室町時代後期)元備前岡山庭瀬口にあり正福寺と称し池田候の御祈願所となる。
88年後寛永9年(1632)池田光仲候3才の時(三代将軍徳川家光・江戸時代前期)因州鳥取へ御国替となり正福寺を今の処に移転する。
正徳3年(1713)寺号を芳心寺と改称。
蓋し池田光仲夫人の法号芳心院殿妙英日春大姉に因み付けられた。
光仲候は鳥取藩32万石の祖にして、夫人芳心院殿は徳川三家の一紀州大納言松平頼宣卿の二女(茶々姫)にして水戸光圀公とはいとこ。
夫人が法華の篤信者で、母は加藤清正公の二女の長女。
父頼宣卿の母は徳川家康公の側室有名なるお万の方に当る。
慶長年間(1596・安土・桃山時代)身延山第22世心性院日遠上人は養珠院殿お万の方の信力堅固なるを感じ特に宗祖日蓮大聖人御真骨の一部を御分与されたがお万の方はその孫娘、因伯の大守池田光仲候の御室芳心院殿へ御授与になりそれを芳心院殿は当山へ奉納になったのである。
因伯第一の名刹として日蓮宗総本山身延山の別院であり、山陰身延と称せられる所以である。
京都大本山妙顕寺旧末寺中の中本山にして末寺八ヶ寺あり。
寺宝として、日蓮大聖人御真骨安置してある。
(現地案内板)
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   芳心院殿御墓所    芳心寺 境内   日蓮大聖人御分骨安置霊場   

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