旅 瀬戸内(たびせと)

本蓮寺 GoogleMap
         
     
     
  本蓮寺 本堂    五重塔  
  本蓮寺
本蓮寺は南北朝時代(1347年)京都妙顕寺座主大覚大僧正の法華堂(現本堂)建立に始まる。
現在の本堂は明応元年(1492年)の再建であり、室町様式に桃山風の装飾が取り入れられている優れた建造物です。
日蓮門下各寺院の本堂としては最も古く番神堂(三祠)、中門と共に国の重要文化財に指定されています。
このほか、祖師堂、三重塔(共に県指定重文)鐘楼などが整っており、優美な姿を形成しており、境内よりの瀬戸内海の眺めもさることながら、海上から観る伽藍も
美しい景観を呈しています。
                                                                  牛窓町教育委員会(現地案内板より)

国指定重要文化財 本蓮寺 本堂(ほんれんじほんどう)  昭和17年6月26日指定
現在の建物は、明応元年(1492)に再建されたものである。
平面は正面五間、正面中央に向拝(こうはい)をつける。
構造は寄棟造(よせむねづくり)、本瓦葺(ほんがわらぶき)、斗?(ときょう)はなく円柱の上に大斗(だいと)、舟肘木(ふなひじき)を置いて丸桁(がんぎょう)を支える。二軒疎?(ふたのきまばらたるき)、化粧小舞軒(けしょうこまいのき)とする。
均整のとれた外観で、大棟(おおむね)、隅棟(すみむね)の曲線、化粧野地(けしょうのじ)、白漆喰(しろしっくい)の小壁の軒廻(のきまわ)りなどに室町調の端整な美しさを見せている。小屋架構は鎌倉時代に発生した桔木(はねぎ)の構造をみせ、母屋(もや)を支持する束(つか)をトラス式に組む構法は、中世における木造小屋組の一端をみせた学術的価値の高いものである。
         瀬戸内市教育委員会
 
       
  本蓮寺 祖師堂   鬼子母神堂    本蓮寺 番神堂  
両祖御廟 中門 境内
国指定史跡 朝鮮通信使遺跡牛窓本蓮寺境内(ちょうせんつうしんしいせきうしまどほんれんじけいだい) 平成6年10月11日指定
本蓮寺は、江戸時代に日本国と朝鮮国の善隣友好の使者として12回渡日した朝鮮通信使の中心的な役割を担う三使(さんし)(正使(せいし)・副使(ふくし)・従事官(じゅうじかん))の宿館として4回利用された。三使の宿館が御茶屋に変更された後も朝鮮通信使が寄港する度に接待する岡山藩の中心的な施設として利用された寺である。
当時の寺の様子が朝鮮通信使一行の記録や書軸などに記されており、当時と同じ情景を今も思い浮かべることができる大切な場所である。
なお、しおまち唐琴通りにある朝鮮通信使ゆかりの井戸と一括で指定されている。
               瀬戸内市教育委員会
(現地案内板より)
中門より 前島・黒島方面(境内より) 本蓮寺(天神山古墳より)
市指定重要文化財 本蓮寺山門 一棟  平成16年11月1日指定
創建の年代は不詳。現在の建物は18世紀中頃のものとされている。
形態は一間一戸の四脚門(しきゃくもん)と呼ばれるもので、門の両側に本瓦葺、真壁造(しんかべづくり)の袖壁(そでかべ)をつける。
屋根は切妻造(きりづまづくり)、本瓦葺。拝(おが)みに鰭付蕪懸魚(ひれつきかぶらげぎょ)を吊る。
構造は二本の本柱を大杉の冠木(かぶき)で固め、本柱と控柱を頭貫(かしらぬき)で固定し、その上に斗?(ときょう)を組んで梁を支持するといった本格的な四脚門である。
軒は二軒繁?(ふたのきしげたるき)、本柱(親柱)は円柱、控柱は角柱、冠木、腰貫(こしぬき)なども建物の規模に比べ大形のものになっている。
        瀬戸内市教育委員会
(現地案内板より)
本蓮寺山門

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