旅 瀬戸内(たびせと)    宝満宮 竃門神社    
   
        
  宝満山(ほうまんぐう) 竃門神社(かまどじんじゃ)
祭神:玉依姫命(たまよりひめのみこと) 相殿(あいどの) 神功皇后(じんぐうこうごう) 応神天皇
霊験:縁結び 安産 雨乞 方除 交通航海安全
大祭:11月15日
御祭神は神武天皇の御生母玉依姫命であります。
命は海神の女(おんむすめ)でうがやふきあえずの命の妃となり、五瀬命 神武天皇等四柱の御子を生まれた後御子の教養と建国の大業に心をくだき、このかまど山に登られて祈念されたと伝えられています。
  降って天智天皇のみ代、都府楼を建てられるに当って、かまど山は鬼門にあたるので勅使を派遣して厳かに祭祀を行なわせ、都府楼の守護神とされ、ついで天武天皇白鳳2年に神殿を創建されたのが当社のはじまりで、以来皇室の御信仰篤く、延喜式神名帳に明神大社に列すとあり、白河天皇のみ代から九州二島の神とあがめられました。
戦国時代に入って社殿は度々の兵火に焼かれましたが、黒田長政が筑前藩主となって再築されました。
明治維新後は村社になっていましたが、明治28年官幣小社に昇格して、昭和20年までその社格を保ってきました。
  お社は、上下の両宮にわかれ、上宮は宝満山頂の大盤石の上に鎮座せられています。
現在の社殿は昭和初年に造営されました。
かまど山(宝満山) 高さ868メートル、奇岩怪石にとむ
古歌に 春は萌え 秋は焦がるる かまど山
            霞も霧も 煙とぞみる
                      清原 元輔
と歌っているほどの名山であります。
(現地案内板) 
 
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   竃門神社参道    竃門山寺跡    竃門神社参道  
      竃門山寺跡
写真の広場は、竃門山寺の建物跡で、礎石が整然と並んでいる。
竃門山寺は、伝教大師最澄が唐へ留学する前に立ち寄り、航海の安全を祈って薬師仏を造ったと言われている。
古代から中世にかけて竃山寺ー大山寺と続く宝満山麓寺の一部であると考えられている。
(現地案内板を参考)
     
         
   式部稲荷大神    神鹿園    夢想権之助神社  
        夢想権之助神社
夢想権之助は江戸時代初期の剣客。
 
 
         
  竃門神社からの眺望    竃門神社境内    再会の木  
          再会の木ー竃門神社ー
神功皇后は朝鮮出兵のおり、宝満山に登りサイカチの木を植えて「凱旋ののち再会しよう」と言われたことから、この木にむかって好きな人と再会できる事を祈れば願いがかなうと言い伝えられている。
 
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   愛敬の岩    五穀神社    招霊の木  
  愛敬の岩ー恋占いの岩ー
手前から目を閉じて歩き、無事にこの岩にたどり着けば恋の願いがかなう。
一度でできれば早く願いが叶い、人のアドバイスを受けなければたどり着くことができなかったには、恋を成し遂げるにも人の助けがいると言う恋占いの岩。
  五穀神社ー竃門神社ー
五穀ー米・粟・稗・麦・豆ーの豊饒と殖産増福の守護神。
種子を発芽させ結実させるためには、水をかけたりする手入れと、太陽の恵が必要。
人が目的を達成するためにも、育てはぐくむという手入れが重要。
 
  招霊(おがたま)の木
天照大神(あまてらすおおかみ)が天の岩戸にお隠れになった時、天鈿女命(あまのうずめのみこと)が、天の岩戸の前で招霊の枝を持ち神楽舞を奏された。
すると天照大神は岩戸よりお出ましになり、明るい平和な時代が訪れた。招霊とは神様を招くと言う意味。
竃門神社では、良縁・幸福を招くご霊験の木として尊ばれている。
4月上旬頃に香り高い白い花が咲いて秋には鈴のような丸い実を結び神楽鈴の起源と伝えられている。
また、常陸宮家のご紋章ともなっている。
  
宝満山登山50回記念で奉納の現地案内板を参考に作製 
 
           
  恋の願掛け絵馬    西鉄バス まほろば号 かまど神社停留所       
  恋の願掛け絵馬
再会の木の霊力と竃門神社の神様のご加護により幸福に近づく道しるべとなると信じ、毎日願いが叶うようお祓いをしているとのこと。
  西鉄バス まほろば号 かまど神社停留所
西鉄くらしネットホームページ
     
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