旅 瀬戸内(たびせと)

国指定史跡 法華堂跡(北条義時墓) GoogleMap
     
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  国指定史跡 法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)
この平場は、鎌倉幕府第2執権の北条義時の法華堂(墳墓堂)が建っていた跡です。
北条義時は、父の時政や姉の政子らとともに源頼朝による幕府の開創を助けました。
承久3年(1221)の承久の乱においては後鳥羽上皇方を破り、これ以降、鎌倉幕府は全国的な政権としてより強固なものとなりました。
義時は貞応3年(1224)に62歳で没しました。
「吾妻鏡」には、源頼朝の法華堂の東の山上を墳墓の地とし、そこに新法華堂(義時の法華堂)を建てたことが記されています。
義時の法華堂は鎌倉時代の終わりには途絶えたようですが、平成17年(2005)年に行われた発掘調査により、8.4m四方の平面正方形の建物跡が確認され、「吾妻鏡」の記述が裏付けられました。
 

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