旅 瀬戸内(たびせと)    浜の散歩道ー明石市ーGoogleMap    
   
        
  浜の散歩道ー明石市ー
明石市の海岸沿いは、明石大橋の見える海岸としてよく知られているが、山陽電車の藤江から西二見付近までの海岸沿いには「浜の散歩道」ーサイクリングも可ーと名付けた、車の通行を制限した風光明媚な道路が整備されている。
  道沿いには、自然の松原に囲まれた住吉神社、播磨・摂津の五泊の一つとして重要な港とも呼ばれた魚住泊、明石海峡大橋や淡路島を望む江井島海水浴場、明石原人発掘地など、海の風を感じながら自然や歴史を訪ねるには最適。
明石江井島酒館には、地ビールや明石の新鮮な魚介類を味わうレストランもある。
                浜の散歩道ー明石市ー案内図   
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   江井島    江井島海水浴場   明石海峡大橋ー西江井住吉神社附近よりー   
  江井島
むかし、江井島一帯は、「嶋(しま)」と呼ばれていました。
この「嶋」に港をつくった行基というお坊さんが、海上安全の祈とうをしている時、港の中にタタミ二枚ほどもある大きな「エイ」が入ってきました。
村人たちは、気味悪がってエイを追い払おうとしましたが、いっこうに去ろうとしません。
行基がエイに酒を飲ませてやると、エイは、満足そうに沖へ帰っていきました。
このことがあってからだれいうとなく「エイが向ってくる嶋・・・「?向島(えいがしま)」と呼ばれるようになったということです。
また、江井島一帯はむかしから、「西灘の寺水(にしなだのてらみず)」と呼ばれる良い水の出るところとして知られています。
そこで、「ええ水が出る井戸のある嶋」がつまって「江井島」になったともいわれて「います。
(現地案内石碑)
  江井島海水浴場
兵庫県明石市大久保町江井島
遠浅で、水のきれいな海水浴場。
淡路島、明石海峡大橋などを望むことが出来る。
開設期間:7月1日〜8月31日(変更される場合がありますので確認下さい)
交通:第二神明道路「大久保IC」より車約15分
山陽電車「江井ヶ島駅」より徒歩約10分
 
     
         
   魚住港    明石江井島酒館    西江井住吉神社  
  魚住港
JR魚住駅、さんよう魚住駅から南に行った所にある漁港。
すぐ近くには、住吉神社、住吉公園がある。
かっての魚住泊がここではないかと言われたこともあったが、赤根川河口に魚住泊と思われる遺跡が出て来たことから、現在では、赤根川河口東にある江井島港に魚住泊のモニュメントが建てられている。
 
  明石江井島酒館
TEL078-948-2060
兵庫県明石市大久保町西島1194
日本徳利博物館。酒造資料館
営業時間:平日11:00〜18:00(日・祝日10:30〜)
入館料:
地ビールレストラン明石ブルワリー
営業時間:11:00〜22:00(日・祝日10:30〜)
明石魚の棚寿司・麺坊はりまや
営業時間:11:00〜22:00(日・祝日10:30〜)
他に
和食レストラン江井ヶ島・イタリアンバル江井島漁港・ながさわなど
変更されている場合もありますので詳細は確認下さい。
 
  西江井住吉神社
兵庫県明石市大久保町江井島
明石の海岸沿いに設けられた、浜の散歩道沿いにある、明石海峡大橋や淡路島方面の眺望のよい神社。
近くには、
江井島海水浴場播磨・摂津の五泊の一つとして重要な港であった魚住泊跡のモニュメントが建っている江井島港がある。 
 
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  江井島港ー魚住泊ー    住吉神社ー魚住ー     住吉公園  
  江井島港の由来ー魚住泊ー
ここ江井島港はかって名寸隅(なきすみ)の船瀬と和歌などにも詠まれた赤根川河口の港で、その後魚住泊と呼ばれ、播磨・摂津の五泊の一つとして重要な港であった。
各泊の間はそれぞれ一日の航程の距離で、僧行基が定めたとされている。
沖合には好漁場が多く、鯛や蛸の獲れる港としてもよく知られている。(現地案内板より抜粋)
  住吉神社ー魚住ー
TEL078-946-0417
〒674-0082 兵庫県明石市魚住町中尾1031
都市化されてしまった明石でかろうじて自然に近い風景が残っている。
やはり自然のままの風景は心が和む。
第一本殿 底筒男命、第二本殿 中筒男命
第三本殿 表筒男命、第四本殿 息長足姫命−神功皇后ー
御由緒
底筒男命、中筒男命、表筒男命を総称して、住吉大社という。
神功皇后によって摂津国住吉に祭られた。
住吉大神は「吾が居住(すま)はむと欲(ほ)りする処は播磨国に渡り住はむ」と御神宣を出された。
そこで神功皇后が新羅遠征の時当地に御滞泊になられ、神籬をたてて海上平穏を祈願されたゆかりのある此の地に、雄略天皇の八年(西暦四六四)四月初卯(う)日に勧請して御祭祀された。
以後当地方の総鎮守として崇敬されてきた。
(現地案内板より抜粋) 
  住吉公園ー魚住ー
明石市魚住町中尾1031
住吉公園は、古くからの松林がそのまま残っており、浜辺からは淡路島、家島、小豆島などを望むことが出来、また、播磨灘の夕日も素晴らしい。
園内には、遊具やバリアフリーのトイレもあり、子供連れのお母さんたちが集い、海岸を散歩している人たちの休憩所、近所の人たちの語らいの場となっている。
 
 
       
   魚住城跡    卜部邸ー明石市都市景観形成重要建築物ー   「 明石原人」腰骨発見地  
  魚住城跡ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
一.魚住城は南北朝時代に赤松氏の一族である魚住長範によって魚住町中尾に築かれた。
一.天正6(1578)年魚住頼治は毛利軍が三木城へ兵糧を運ぶ基地として西嶋の丘に棚を巡らし新しい城を構えた。
天正8(1580)に、三木城の廃城とともに廃絶した。
一.平成10年の発掘調査で魚住城の掘割の一部と考えられる遺構が見つかり、ここに城があったことが確認された。
     明石市教育委員会
(現地案内板) 
魚住城跡の案内板が立てられている所は、新しい住宅団地の中に造られた公園内。
上の写真は、その団地入口にあるグラウンド。
  卜部邸ー明石市都市景観形成重要建築物ー
明石市大久保町西島1185番
卜部邸は古くから酒造業が盛んな西島地区の酒造家として栄え、享保5(1720)年に建築された主屋と18世紀に建築されたと推定される前蔵や酒蔵などが、一体的に保全・再生されている。
伝統的な酒造家の屋敷構えを現在まで継承しており、歴史的景観を今にとどめる重要な建築物である。
(現地案内板) 
魚住城跡は、この卜部邸の西側三本目の通路を北に3分程行ったところにある。
  「明石原人」腰骨発見地
昭和6(1931)年4月18日、当時、明石に在住の直良信夫(なおらのぶお)氏(元 早稲田大学教授)は、この付近の崩壊した崖の砂礫層中から、人の腰骨を発見した。
腰骨は戦争中に焼失したが、昭和23(1948)年長谷部言人(ことんど)氏(元 東京大学教授)は、ニッポナントロプス=アカシエンシスの名を与え、一般には「明石原人」と呼ばれるようになった。
昭和60(1085)年3月、国立歴史民俗博物館の春成秀璽(はるなりひでじ)助教授(現・教授)を中心とする調査団は、この西側を発掘調査して、6〜12万年前の木器や石器の出土を確認した。
現在のところ、近畿地方でもっとも古い人類の遺跡の一つである。
   平成12年9月  明石市教育委員会
(現地案内板)
交通:山陽電車「中八木駅」より徒歩約15分
 
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   山陽電車 中八木駅    山陽電車 魚住駅    JR・山陽電車 明石駅  
  山陽電車 中八木駅
山陽電車 中八木駅ホームページ
  山陽電車 魚住駅
山陽電車 魚住駅ホームページ 
  JR・山陽電車 明石駅
JR山陽本線に乗っているとすぐ北側に、明石城が見えることでよく知られた明石駅、JR明石駅に並んで山陽電車明石駅が造られており乗換には非常に便利。
明石駅から西は、山陽電車は海側を走っており駅の間隔もJRよりは短いので、明石の海岸を訪れる場合は、ここ明石駅で乗り換えるのが便利。
JR明石駅ホームページ
山陽電車明石駅ホームページ
 
 
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