旅 瀬戸内(たびせと)    福岡ー福岡城・福岡城下町ー    
   
 
  城下町福岡 福岡城跡 御鷹屋敷跡  
  城下町福岡
福岡市は、九州地方における、行政、経済、交通の中心地として重要な地位を占め、人口も九州地方で最大である。
福岡の街は、もともと博多と呼ばれ大陸への玄関口、商人の町として発達してきた。
豊臣秀吉による天下統一で博多の街が復興された後、1600年関ヶ原の戦で戦功を挙げた黒田長政が那珂川の西に城を築き城下町を整備すると那珂川を境に西が福岡、東が商人の町博多と呼ばれるようになった。
市制施行にあたって、市の名前として、「博多」とするか「福岡」とするか激しい論争があったが、明治23(1890)年の市議会により、1票差で福岡市に決定、「博多」の名は当時の国鉄の駅名「博多駅」として残った。
  福岡城跡
関ヶ原の戦い(1600年)の功績で徳川家康から与えられた福岡藩の初代藩主黒田長政と共に黒田官兵衛が築いた城。
敵が攻めにくい構造となっており、築城の名手加藤清正からも高い評価を受けている。
現在は、石垣と一部の櫓、門、塀などが残り、桜の名所として、市民の憩いの場となっている。
 
  御鷹屋敷跡
官兵衛が晩年を過ごした屋敷跡で福岡城内三の丸にある。
園内には、枝垂桜や吉野桜が植えられ、周囲は、牡丹・芍薬園となっている。
桜園の中には、「黒田如水公御鷹屋敷跡」の石碑が建っている。
 
 
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  大濠公園     福岡市美術館    鴻臚館跡  
  大濠公園 TEL092-741-2004(大濠・西公園管理事務所) 
福岡市中央区大濠公園
慶長年間、黒田長政が福岡城を築城する時、博多湾の入り江であったこの地を外濠として利用、昭和2年ここで開かれた東亜勧業博覧会を機に造園工事を行ない、昭和4年県営大濠公園として開園したもの。
大濠公園は福岡市のほぼ中央に位置し、総面積が約40万平方メートルあり、うち約21万平方メートルの池を有した、全国有数の水景公園。
(現地案内板より)
  福岡市美術館 TEL092-714-6051 
〒810-0051 福岡県福岡市中央区大濠公園1−6
水と緑あふれる大濠公園の中にある落ち着いた外観の美術館。
ミロ、ダリ、シャガール、青木繁、坂本繁二郎等の近現代美術と古美術を常設。所蔵品数ー1万4千点余。
開館時間:9:30〜17:30(入館は17:00まで)、7月〜8月は19:30まで開館(入館は19:00まで)、但し日曜・祝日を除く
休館日:毎週月曜日(但し月曜日が祝・休日の場合は開館し、その後の最初の平日が休館日)、12月28日〜1月4日
観覧料金:一般200円、高校生・大学生150円 小中学生以下は無料、団体ー一般150円、高校生・大学生100円
  国指定史跡 鴻臚館跡 TEL092-721-0282
福岡市中央区城内1
飛鳥・奈良・平安時代におけるわが国の外交施設であり、平安時代には福岡(筑紫)、大阪(難波)、京都(平安京)の3ヶ所に置かれていた。
奈良〜平安時代の初めのころまでは、中国や新羅からの外交使節をもてなしたり、わが国からの遣新羅使や遣唐使、留学生の宿泊地として利用された。
平安時代半ばからは、外国からの商人が往来する交易の拠点施設となり、後の中世都市博多が生まれる先駆的な役割を果たした。
開館時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
入館料:無料
休館日:12月29日〜1月3日
交通:地下鉄「赤坂駅」または西鉄バス「平和台鴻臚館前」下車
 
       
   名島城跡    福岡市博物館   光雲神社   
  名島城跡 福岡市東区名島1−26
名島城は、豊臣秀吉による九州平定後、毛利元就の三男、小早川隆景公(1533〜1597)が、筑前、筑後の両国と肥前二郡を与えられて、天正16(1588)年から築城を開始した城。
この城は、二方を海、一方を多々良川に囲まれた要害堅固な城として知られ、秀吉による文禄・慶長の役(1592〜1598)では、名護屋城への軍事・生活物資や人材などの補給基地としての重要な役割も担った。
その後、小早川秀秋続いて黒田長政が入城したが、黒田長政の福岡城築城に伴い廃城となった。
天正19年3月黒田官兵衛は、小早川隆景が名島城で催した茶会に招かれている。
交通:西鉄電車名島駅・西鉄バス「名島」から徒歩約15分
  福岡市博物館 TEL092-845-5011 
〒814-0001 福岡県福岡市早良区百道浜3−1−1
開館時間:9:30〜17:30(入館は17:00まで) 但し7月8月は日曜・祝日を除き19:30まで(入館は19:00まで)
休館日:毎週月曜日、月曜日が祝・休日の場合は開館し、翌平日に休館、年末年始(12月28日〜1月4日)、文化の日(11月3日)は常設展無料
常設展示 展示構成
1.金印の世界。2.福岡のあけぼの、3.奴国の時代、
4.鴻臚館の時代、5.博多綱首の時代、
6.博多豪商の時代、7.博多藩の時代、
8.近代都市・福岡の時代、9.現代の福岡、
10.福博人生、11.山笠の世界
黒田官兵衛・黒田長政については7.博多藩の時代ー皆のもの、今日からここは「福岡」だーで・・・!
  光雲神社ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
TEL092-761-1807
〒810-0061 福岡県福岡市中央区西公園13−1
福岡藩の藩祖、黒田官兵衛(如水)と初代藩主 黒田長政を祀っている神社。
光雲神社の名前は、官兵衛の法名「龍光院殿」と「長政の法名「興雲院殿」から一字ずつ取って付けている。
当初福岡城本丸天守台下に祀られていたが、明治4(1871)年。黒田家が東京に移転する時、現在の警固神社の近くに移し光雲神社とした。
その後、明治42(1909)年、現在の地に移った。
昭和20年の戦災で焼失したが、昭和41年10月再建。
交通:西鉄バス「西公園」から徒歩約5分
 
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   円応寺    崇福寺    恵光院  
  円応寺(えんのうじ)ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
TEL092-761-1454
〒810-0074 福岡市中央区大手門3−1−7
黒田官兵衛の妻 光姫(照福院殿)が慶長7(1602)年4月に開いた浄土宗の寺。
光姫の墓は戦後の都市計画で崇福寺に移されたが、その後昭和55年に供養塔が建てられた。
他に、6代藩主継高の息女厚姫の墓、黒田二十五騎の桐山丹波守、黒田節の作詞者として知られた国学者二川相近の墓、玄洋社の頭山満の墓もある。
交通:地下鉄「大濠公園駅」から徒歩約4分
 
  崇福寺(そうふくじ) ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
TEL092-651-0398 
〒812-0044 福岡県福岡市博多区千代4丁目7−79
宗派:臨済宗大徳寺派
創建:仁治元年(1240)随乗坊湛慧禅師によって創建
創建場所:筑紫郡大宰府町横岳
黒田家の菩提寺で、黒田官兵衛・長政をはじめ黒田家歴代の墓がある。
仁治元年(1240)、大宰府に創建されたが福岡藩初代藩主となった黒田長政が現在地に移転。
交通:地下鉄千代県庁口から徒歩約5分
  恵光院ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
福岡県福岡市東区馬出5−36−35
寛永年間(1624〜1644)に福岡藩二代藩主 黒田忠之の開基により建立。
九州を平定した豊臣秀吉が天正15年筥崎に滞在した時、千利休が豊臣秀吉を招いて茶会を催したといわれる燈籠堂がある。
 
 
       
   水鏡神社    安国寺    警固神社  
  水鏡神社ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
TEL092-741-8754 
〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神1−15−14
菅原道真を祭る神社。
延喜元(901)年京都から大宰府に赴任途中の菅原道真が、四十川の清流を水鏡にして自らの姿を映した場所(今泉)に、後に社殿を建て、水鏡天神または容見天神と呼ばれた。
慶長17(1612)年には、福岡藩初代藩主黒田長政がこの地に移し、二代藩主忠之が社殿を再建したとされる。
福岡の繁華街「天神」の地名は、この神社にちなんだものと言われている。
(現地案内板)
  安国寺ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
TEL092-741-2770 
〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神3−14
慶長5(1600)年、豊前中津から領地替えにより、筑前の国主となった黒田長政が、天翁全補禅師(てんおうぜんぼぜんし)のために、豊前の安国寺を移したもの。
寛永12(1635)年火災で焼失したが、福岡藩二代藩主黒田忠之の援助により再興された。
境内には「飴買い幽霊」の伝承を持つ墓がある。
  警固神社ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
TEL092-771-8551 
〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神2−2−20
神功皇后による新羅親征の際、皇后の船団を守護し勝利に導いた、神直日神、大直日神、八十禍津日神の三神を、警固大明神と仰いで福崎丘上(現在の福岡城本丸跡)に祀ったのが始まりとされる。
慶長6年(1601年)、福岡城築城の際、福岡城主黒田長政によって下警固山上に移され、さらに慶長13年(1608年)に現在の場所に社殿が造営された。
以来、福岡城鎮守の神として歴代の福岡藩主をはじめ世人より篤く崇敬されてきた。
祭礼  春祭 3月19日、夏祭 7月19日、秋祭 10月19日
交通:地下鉄「天神駅」から徒歩約3分
 
 
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   東長寺    東林寺    天神ー福岡市ー  
  東長寺ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
TEL092-291-4459 
〒812-0037 福岡県福岡市博多区御供所町2−4
大同元(806)年、唐から帰国した空海の創建とされる。
兵火により一時荒廃するも、福岡藩二代藩主黒田忠之により再興。
境内には、堂内扉に仙腰a尚の他、当時の文人の書画が刻まれた天保13(1842)年建立の六角堂や、忠之をはじめとする福岡藩主の墓所がある。
また、本尊の木造千手観音立像は国の重要文化財に指定されている。
平成4(1992)年には木造座像としては国内最大級の「福岡大仏」が、平成23年には木造五重塔が建立された。
(現地案内板)
交通:地下鉄祇園駅から徒歩約1分
 
  東林寺ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
TEL092-431-0990 
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前3−7−21
元禄9(1696)年福岡三代藩主黒田光之の近臣立花重根ー実山ーにより創建された。
実山は博学多識で文才に優れ、茶人としても千利休の高弟南坊宗啓が記した書「南方録」を発見し、研究を重ねて茶道南坊流をおこしたことで知られている。
境内には実山の墓所がある。
なお当寺は創建当初、現在の祇園町付近に所在したが、明治42年の博多駅建設に際して現在地に「移転した。
開山は、曹洞宗中興の祖と言われる卍山道白禅師。
交通:JR博多駅より徒歩約5分
  天神ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
日本でも有数、九州では第一の繁華街。
デパート、ファッションビル、オフィスやうまいもの店、福岡名物の屋台などが建ち並んでいる。
天神の名は、慶長17(1612)年福岡初代藩主黒田長政が、今泉から移した菅原道真を祀る
水鏡神社(天満宮)にちなんだものと言われている。 
 
         
  筥崎宮    JR博多駅      
  筥崎宮ー国指定重要文化財ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
TEL092-641-7431 
〒812-8655 福岡県福岡市東区箱崎1−22−1
創建:延長元(923)年
祭神:応神天皇・神功皇后(応神天皇の母)・玉依姫命
元寇ー文永11(1274)年ーを始め数度の火災により焼失するも、天文15(1546)年大内義隆により現在の本殿と拝殿が、文禄3(1594)年小早川隆景により楼門が再建される。
 
  JR博多駅ー黒田官兵衛ゆかりの地ー
JR博多駅ホームページ
 
     
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