旅 瀬戸内(たびせと)

源平屋島合戦(屋島壇ノ浦の戦い)古戦場(シリーズ平家物語を歩く旅)
洲崎寺
屋島壇の浦ー牟礼・志度方面ー屋島 談古嶺より 総門跡
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屋島壇の浦ー源平屋島合戦ー屋島壇ノ浦の戦い古戦場 (ダンノ浦の字は、長門ダンノ浦は土偏、屋島ダンノ浦は木偏と吉川英治の新・平家物語の説明には書かれているが、屋島でも壇ノ浦が結構使われている様子なのでここでは壇ノ浦としました。)
談古嶺からは、牟礼、志度方面の町並みを見下ろすことができる。このあたりは平安末期、源氏と平家の古戦場として名高い。
源氏の軍勢が海から攻めてくるものと思っていた平氏は、対岸の庵治の山陰(舟隠し)に軍船五百隻を待機させ、挟み撃ちにする計画を立てていた。
ところが、源義経の源氏軍は、阿波の海岸に上陸、疾風の如き勢いで、陸路屋島まで進軍し、屋島の内裏へ火を放ち平家を海に追い立てた。
この屋島壇の浦の源平の戦いの中で、義経の弓流し、那須与一 扇の的、祈り岩・駒立岩、舟隠し、安徳天皇社、佐藤継信の碑、菊王丸の墓、洲崎寺などさまざまの物語や絵巻、史跡が残されている。                                                   源平合戦図屏風(文化遺産オンライン-文化庁)

源平屋島合戦の史跡はまず、屋島山頂から眺め史跡全体の様子をつかんだ上で古戦場巡りをするのもよい。
屋島山上へは「JR屋島駅」、「,ことでん屋島駅」よりことでん「シャトルバス」(TEL087-821-3033)が運行されている。

個々の源平屋島合戦古戦場跡は周囲に駐車場が無い所が多いため、げんぺい駐車場など近くの駐車場に車を置いて歩いて回るか高松市レンのタサイクル(年中無休)またはJR屋島駅のレンタサイクル(土曜・日曜・祝日のみ)を利用するが良い。
源平屋島合戦古戦場跡めぐりには、「壇ノ浦古戦場 屋島史跡ガイドマップ げんぺい」(高松市)または「牟礼まち歩きガイドマップ Deep in むれ」(むれ源平まちづくり協議会)が便利。

洲崎寺
義経の家臣、佐藤継信 を葬った寺。
総門跡
平氏が安徳天皇を奉じて六万寺を行在所としていた頃、海辺の防衛に備えて門を構え平家の前哨としていた場所。現在の標木は初代高松藩主・松平頼重公によって建立された。
佐藤継信・太夫黒の墓所 射落畠 高松港ー獅子の霊厳より
佐藤継信の墓・太夫黒の墓
源平合戦の際、義経の身代りとなって戦死した
佐藤継信の墓。
大夫黒は、後白河法皇から義経に賜わった馬で、義経が継信の忠死を賞揚する余りに、この馬を志度寺の覚阿上人に施して菩提を弔わせた。
太夫黒がたおれて後、継信の墓の傍に埋めたといわれている。
射落畠
源平合戦の際、源氏の武将佐藤継信が大将義経のみの代わりとなり、平家の雄将能登守教経の強弓に射落された所。
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遊鶴亭(眺望は) 屋島寺・宝物館 血の池
屋島山上(獅子の霊厳・談古嶺遊鶴亭の三ヶ所は屋島山上の絶景地
獅子の霊厳
源平屋島合戦に勝った源氏軍が陣笠を投げて勝鬨(かちどき)をあげた古事にならい、素焼きのかわらけを飛ばす「かわらけ投げ」が有名。高松港・高松市街方面の展望に最適。

談古嶺
源平屋島合戦の古戦場である屋島壇ノ浦や船隠しの眺めが素晴しい。
遊鶴亭
屋島山上の最北端に位置、視界320度の展望を誇っている。
眼下に広がる備讃瀬戸は、桃太郎さんの鬼退治で知られる鬼ヶ島(女木島)、オリーブの小豆島、大槌島と小槌島など、瀬戸内海国立公園のなかでもっとも美しい風景が一望できる。
屋島寺・宝物館
鑑真和尚開基の寺、四国霊場第八十四番札所。境内にある宝物館では、源平合戦の遺物と宝物、屋島寺に伝わる宝物が展示されている。
血の池(瑠璃宝の池)
源平屋島合戦で勝利を収めた源氏軍が血刀を洗って赤く染まったことからこの名がついた。
相引川 義経鞍掛松 赤牛崎
相引川
この場所での合戦の際、源平両軍の勝敗がつかず引き分けたことからこの名がついた。
義経鞍掛松
阿波の勝浦から大阪峠を越えて讃岐に入った源氏軍が人馬を整えた所。その時大将義経がここで松に鞍をかけ休息したといわれている。
義経鞍掛松の近くには、「源平通り商店街」があり食事や買い物もできます。
赤牛崎
屋島山麓の安徳天皇の行宮へ向かった源氏軍が、夜中に赤牛に松明つけて渡ったことからこの名が付いた。
菜切地蔵 長刀泉 瓜生ヶ丘
菜切地蔵
弁慶が野菜を切る時まな板がわりにしたと言われるお地蔵さん。背中には今も包丁の傷が残っているとか。
長刀泉
源氏の兵が炊事をするとき、弁慶が長刀で掘ったといわれる泉。
瓜生ヶ丘
屋島の平家を攻める為源氏が陣を敷いた所。「宇龍ヶ岡」の石碑が建っている。
義経弓流し跡 景清錣引伝説(かげきよしころびきでんせつ) 祈り岩
義経弓流し跡
義経が弓を流しその弓を命がけで拾ったとの言い伝えがある所。
景清錣引伝説
平家の豪傑景清と源氏の美尾屋十郎が一騎打ちをしたとされる所。
祈り岩
那須与一が扇の的を射る時向かって祈ったとされる岩。
駒立岩 菊王丸の墓 佐藤継信の碑
駒立岩
那須与一が扇の的を射る時、上で駒を止めたと言われる岩。
菊王丸の墓
佐藤継信の首を取りに行こうとして継信の弟忠信に射落とされた菊王丸の墓。義経が葬ったと言われている。
佐藤継信の碑
義経の身代わりになって戦死した継信の忠義心を広く知らせるため初代高松藩主・松平頼重公が建てた石碑。屋島寺と八栗寺を結ぶ遍路道沿いに建てられている。
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 大坂峠 安徳天皇社 与一公園
大坂峠
源義経率いる源氏軍が、屋島に陣をかまえる平家を攻めに向かう際に通った峠。大坂峠で義経は、都から屋島の平家へ文を運ぶ使者を捕らえている。
安徳天皇社
平宗盛が屋島に陣を構えている間、安徳天皇の仮の皇居として造営した行宮跡。
義経の弓流し跡 船隠し 古高松城跡
船隠し
平家が屋島に陣を構えている間軍船を隠していた入り江。
六万寺 志度寺 四国霊場第47番札所長尾寺
六万寺
源平合戦の時、安徳天皇の行在所となった寺であるといわれている。
志度寺
屋島壇ノ浦の戦いで敗れた平氏は、志度寺に立て籠もって戦ったが、敗れて彦島へ立ち去ったと伝えられている。
また、義経は、身代わりになって戦死した佐藤継信の供養を志度寺の住職に頼み、太夫黒という愛馬を贈ったと言われている。
長尾寺
源義経の側室、静御前(宥心尼)が、母の磯禅師(磯禅尼)とともに得度したとも伝えられており、剃髪塚や位牌がある。
平家物語歴史館 高松市レンタサイクル ことでん屋島駅
高松市レンタサイクル
これは便利!運転免許証など身分を証明できるものを持って行き登録しておけば、一日100円でレンタサイクルが利用可能。
ことでん屋島駅 ことでん古高松駅 ことでん八栗駅 JR屋島駅 屋島観光や源平屋島合戦古戦場巡りの拠点駅。
ことでん屋島駅 JR屋島駅から屋島山頂までは、100円でことでんシャトルバスも。
また、ことでん屋島駅 ことでん古高松駅 JR屋島駅の近くには、「源平通り商店街」があり食事や買い物もできます。

もくもく遊らんど「とらいある」  げんぺい観光案内所 げんぺい駐車場
ことでん古高松駅 ことでん八栗駅 JR屋島駅
高柳旅館 石の民俗資料館 八栗寺
旧へんろ道 うどん本陣 山田屋 栗山堂(栗山幼稚園)
白羽神社 神櫛(かんぐし)王墓 むれ源平石あかりロード
屋島源平合戦史跡めぐり参考順路
屋島山上ー血の池(ちのいけ)・屋島寺・宝物館(やしまじ)・獅子の霊巌(ししのれいがん)・談古嶺(だんこれい)⇔約2km⇔遊鶴亭(ゆうかくてい)⇔約2.3km⇔屋島山上駐車場⇔ことでんシャトルバス⇔ことでん屋島駅⇔約0.4km⇔赤牛崎(あかばざき)⇔約2.1km⇔菊王丸の墓(きくおうまるのはか)⇔約0.5km⇔安徳天皇社(あんとくてんのうしゃ)⇔約0.3km⇔佐藤継信の碑(さとうつぐのぶのひ)⇔約2.1km⇔駒立岩(こまだていわ)⇔約0.1km⇔祈り岩(いのりいわ)⇔約0.1km⇔景清錣引伝説(かげきよしころびきでんせつ)⇔約0.3km⇔洲崎寺(すざきじ)⇔約0.1km⇔義経弓流し跡(よしつねゆみながしあと)⇔約0.3km⇔総門跡(そうもんあと)⇔0.1km⇔射落畠(いおちばた)⇔約0.3km⇔佐藤継信の墓(さとうつぐのぶのはか)・大夫黒の墓(たゆうぐろのはか)⇔約0.6kmkm⇔瓜生ヶ丘(うりゅうがおか⇔約0.3km⇔長刀泉(なぎなたいずみ)⇔0.2km⇔菜切地蔵(なきりじぞう)⇔約1.7km⇔義経鞍掛松(よしつねくらかけまつ)⇔約0.4km⇔相引川(あいびきがわ)⇔約0.3km⇔ことでん屋島駅⇔ことでん⇔ことでん六万寺⇔約1km⇔六万寺(ろくまんじ) 船隠(ふなかくし) 
一部壇ノ浦古戦場 屋島史跡ガイドマップより引用    源平屋島合戦史跡ガイドへリンク(高松市観光課) 
古戦場めぐりには、壇ノ浦古戦場 屋島史跡ガイドマップが便利。このマップは高松市観光振興課より発行されています。
問合わせ先
高松市観光振興課 〒760-8571 香川県高松市番町1−8−15 TEL087-839-2416
高松市牟礼支所 〒761-0188 香川県高松市牟礼町牟礼 TEL087-845-2111
高松市庵治支所 〒761-0187 香川県高松市庵治町6393−5 TEL087-871-3111
高松市インフォメーションプラザ 〒760-0011 香川県高松市浜ノ町1−16 TEL087-851-2009
道の駅「源平の里むれ」
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