旅 瀬戸内(たびせと)

福原京跡
       
     荒田八幡神社  
       
    雪見御所跡   宝地院   
平清盛は、日宋貿易を拡大するため、福原に「雪見の御所」と呼ばれる山荘を建て、ここで大輪田の泊の改修と宋貿易に専念すると共に、治承4(1180)年6月には、福原遷都を強行し、安徳天皇の行宮を平清盛の弟、池の大納言頼盛の山荘(別荘)に置いた。
雪見御所跡
(ゆきみのごしょ)
平安時代末期、平家一門が日宋貿易の港である大輪田泊を見晴らす福原の地を領有し、ここに多くの邸宅を構えた。
治承4(1180)年、政権の強化を図った平清盛が孫の安徳天皇を奉じて都造りをはかったのが「福原遷都」である。
しかし都造りは中途で頓挫、半年で平安京に還都したため実態としての都は完成しなかった。
「平家物語」などには、平清盛が福原の地にいくつかの邸宅を持っていたことを伝える。そのひとつが「雪見御所」で、その名を伝える雪見御所町に所在した可能性が高い。
(現地案内板より一部抜粋)
宝地院
荒田町にある薬王山宝地院は、平清盛のすすめで福原に都を移した安徳天皇の菩提を弔うため弘安2(1279)年に建立されたと伝えられている。
安徳天皇行在所跡(荒田八幡神社)
荒田八幡神社が位置するのは、かって平清盛の弟、池の大納言頼盛の山荘(別荘)があった場所。
治承4(1180)年6月の福原遷都の際は、安徳天皇の行在所(行幸時の仮住まい)として使われたという。
平頼盛山荘跡(荒田八幡神社)
高倉天皇(安徳天皇の父)の「厳島御幸記」によると「申し刻に福原に着かせ給う云々、あした(あらたの誤りと思われる)という頼盛の家にて、笠懸流鏑馬(馬上で駆けながら矢で笠の的を射ること)など仕つらせ御覧ぜられる」という記述が残っている。行在所とともに、平清盛の山荘の広大な規模を伝える貴重な資料である。
福原遷都八百年記念の碑(荒田八幡神社)
治承4(1180)年6月3日、三種の神器と文武百官を従えて安徳天皇は福原に着いた。
それから800年後の昭和55(1980)年6月3日、安徳天皇の行在所跡である荒田八幡神社の境内に「福原遷都八百年記念の碑」が神戸史談会によって立てられた。
                                                                                荒田八幡公園周辺案内図 湊川公園周辺案内図
       
願成寺(通盛・小宰相墓) 湊川公園 荒田公園・荒田駐車場
荒田公園・荒田駐車場は、福原京跡とその周辺の散策の拠点として便利。
湊川公園は、願成寺(通盛・小宰相墓)訪問の際の目標として分かりやすい。
湊川公園から西方へ、会下山小学校と楠高等学校の間の道路を通って行くと家並みやビルが建ち並ぶ間に願成寺がある。

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