旅 瀬戸内(たびせと)

藤原成親(ふじわらなりちか)遺跡(シリーズ平家物語を歩く旅) GoogleMap
       
     有木山  
       
   藤原成親(ふじわらなりちか)遺跡   藤原成親 供養の石塔   
  岡山県指定史跡 藤原成親(ふじわらなりちか)遺跡 昭和35年5月10日指定
京都、鹿ヶ谷において僧俊寛とともに平家追討の密議(鹿ヶ谷の陰謀)にやぶれ、俊寛は鬼界島へ、藤原成親は治承元年(1177)この地「有木の別所」に流されました。
成親は、有木山の中腹にある山寺(今なお十数個の礎石をのこす高麗寺か)で配所の月を眺めるうち非業の最期をとげたといいます。
成親の供養の石塔は、荒れ果てていましたが、明治43年に整備され現在に至っています。
幕末の万葉調歌人として広く知られる平賀元義は、この地での成親の最期について「あたらこの成親がごときよき臣を有木の山のうもれ木にして」とうたっています・
       平成20年3月  岡山市教育委員会
(現地案内板より)
 
       
  藤原成親遺跡の石柱   有木神社   高麗寺仁王門跡の礎石   
藤原成親遺跡の石柱
「有木山 青蓮寺」境内の福田海(ふくでんかい)本部入口右手には、「岡山県指定史跡 藤原成親遺跡」と彫られた石柱がある。
有木神社
福田海本部の受付を通り過ぎ山道に指しかかる頃右手に小さなお社がある。これが有木神社。特に何の表記も無いのでうっかりすると見逃してしまう。
高麗寺仁王門跡の礎石
有木神社から坂道を登って行くとコンクリートの舗装が少し途切れた所がある。
この場所の左手には、「史跡 高麗寺仁王門跡」と書かれた石柱がある。
コンクリート舗装の途切れた道には数個の礎石が横に並んでいる。これが高麗寺仁王門跡の礎石。
青蓮寺 大師堂 平賀元義歌碑 有木山 青蓮寺の石柱
青蓮寺 大師堂
福田海受付で護摩木代100円を払って、受付の前にある横木を置いた、鼻ぐり塚への入口から入って行くと鼻ぐり塚の横に青蓮寺 大師堂がある。この大師堂の本尊は、大師座像、かたわらに藤原成親卿の位牌が祀られているとか。
平賀元義歌碑
大師堂の横には、江戸末期の万葉歌人 平賀元義が、鹿ヶ谷の陰謀にのため平清盛の怒りを買ってこの有木の別所に流された藤原成親を歌った歌碑がある。

有木山 青蓮寺の石柱
吉備津神社から吉備津彦神社への道路を少し歩くと右の石垣の上に「有木山 青蓮寺」と書かれた標柱石が見える。
細谷川と両国橋 細谷川の丸木橋 長床
細谷川
吉備の国は、古くは広大で豊かな地域であったが、あまりにも強大であったため、備前、備中、美作の3つの国に分割されてしまった。
この細谷川は、備前と備中の境界として定められた。
藤原成親の流された有木の別所はこの細谷川の上流地域であった。
現在は、その一部が、岡山県指定史跡、藤原成親遺跡として保存されている。
鼻ぐり塚 本堂 「鎮遠」の錨
はなぐり塚
牛魂供養の「はなぐり塚」は、陰徳積善を掲げる財団福田海(ふくでんかい)の経営で大正14年の創設。
横穴式古墳の前に、馬頭観音の銅像を安置して本尊とし、全国のと場から送られてきた牛の鼻ぐりを山形に積み、その数およそ700万。
毎月第3日曜日に供養を行い、なお、春秋二季に護摩をたいて畜魂祭を営んでいる。
                   岡山県・岡山市
(現地案内板より)
根本中堂 根本中堂と有木山 燈明堂