旅 瀬戸内(たびせと)

良寛詩碑
     
  円通寺詩碑解題
円通寺に来りしより、幾春冬なるを知らず、門前千家の邑、更に一人だに知らず、衣垢づけば手づから洗ひ、食尽くれば城いんに出づ、
曽って高僧伝を読みしに、僧は可々(かなり)に清貧なりき。
良寛は円通寺国仙和尚の許で安永8年22才の時に安居修行の場を求めてより、幾度四季の変転をみたことか、門前に数多くの家並を見ることもできるが、だれ一人として知己友人と呼べる者はいない。衣が汚れれば自ら洗い、食べ物がなくなれば、1日と13日に村方へ托鉢に出かけるのだが、それは以前大蔵経の高僧伝を読んだ際、僧は清貧に甘んじることだと記してあったからだ。
因みに、結句については、「僧は可々(かなり、相当)に清貧なりき」と、良寛愛読の寒山詩に、「昔日可々貧、今日最貧凍」の一節を論拠として、「清貧に甘んじた高僧は古今を問わずかなり相当数実在していた」と解される。
何れにしても後年子供達と任運騰々、行雲流水の時を楽しむ良寛の姿など、想像もできないほどの弁道精進一途な模範的青年僧 良寛の姿が目に浮かんでくる。
平成3年1月25日
全国・岡山県良寛会顧問 長町寺東堂 吉川彰準
(現地案内板より) 
 

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