旅 瀬戸内(たびせと)    江井島港ー魚住泊ーGoogleMap    
   
        
  江井島港の由来ー魚住泊ー
往きめぐり
  見とも飽かめや名寸隅(なきすみ)の
     船瀬の浜にしきる白波
奈良時代の始め、聖武天皇が播磨の国に来られたとき、随行の歌人、笠金村が江井島の浜に始終白波が寄せて来る眺めを讃えた和歌です。
名寸隅の船瀬とは、江井島の赤根川河口に石椋で築島を設けた港の旧稱でその後、魚住泊と呼ばれ、播磨・摂津の五泊の一つとして重要な港でした。

各泊の間はそれぞれ一日の航程の距離で、僧行基が定めたとされています。
  沖合には好漁場が多く、鯛や蛸の獲れる港としてもよく知られています。
この度の物揚場建築工事で、石椋に使用されていた玉石が数多く発見されたので、当時をしのび、ここに集めてモニュメントを建立しました。
    平成5年11月  兵庫県
(現地案内板)
播磨・摂津の五泊ー摂播(せっぱん)五泊とも呼ばれるー
河尻泊(かわしりのとまり)ー尼崎市神埼町ー神崎川河口ー大きな意味で淀川河口ー
大輪田泊(おおわだのとまり)ー神戸市兵庫区⇒大輪田の泊
魚住泊(うおずみのとまり)ー明石市魚住町
韓泊(からどまり)ー福泊(ふくとまり)ともー姫路市的形町
室生泊(むろのとまり)ーたつの市御津町⇒室津

泊(とまり)ー何か郷愁を覚える字ですね。
  このモニュメントの形は、外界の荒海から堅固に囲われた波静かな港を表わしている。
中心の空間が港、上の部分が水路、また全体の形はUOZUMI(魚住)のUの字のイメージで形を造った。
 制作者 竹内巖(現地案内板を参考)
 
 
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   江井島港ー魚住泊ー   江井島港ー魚住泊ー     御崎地蔵大菩薩・行基大菩薩  
          御崎地蔵大菩薩・行基大菩薩
「ここ魚住泊は播磨・摂津の五泊の一つとして重要な港であった。各泊の間はそれぞれ一日の航程の距離で、僧行基が定めたとされている。」
と「泊」の案内板にも書かれているように、行基はここを訪れ、ここ魚住泊の地区の人々に尊敬されていたのであろう。。
 
 
         
   赤根川    江井島    江井島海水浴場  
      江井島
むかし、江井島一帯は、「嶋(しま)」と呼ばれていました。
この「嶋」に港をつくった行基というお坊さんが、海上安全の祈とうをしている時、港の中にタタミ二枚ほどもある大きな「エイ」が入ってきました。
村人たちは、気味悪がってエイを追い払おうとしましたが、いっこうに去ろうとしません。
行基がエイに酒を飲ませてやると、エイは、満足そうに沖へ帰っていきました。
このことがあってからだれいうとなく「エイが向ってくる嶋・・・「?向島(えいがしま)」と呼ばれるようになったということです。
また、江井島一帯はむかしから、「西灘の寺水(にしなだのてらみず)」と呼ばれる良い水の出るところとして知られています。
そこで、「ええ水が出る井戸のある嶋」がつまって「江井島」になったともいわれて「います。
(現地案内石碑)
  江井島海水浴場
兵庫県明石市大久保町江井島
遠浅で、水のきれいな海水浴場。
淡路島、明石海峡大橋などを望むことが出来る。
開設期間:7月1日〜8月31日(変更される場合がありますので確認下さい)
交通:第二神明道路「大久保IC」より車約15分
山陽電車「江井ヶ島駅」より徒歩約10分
 
 
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