旅 瀬戸内(たびせと)

熱田神宮とその周辺ー平家物語ゆかりの地ー
     
     七里の渡し跡  
     
  熱田神宮     断夫山古墳   
  熱田神宮とその周辺
お妃の宮簀媛命(みやずひめのみこと)のところに草薙の剣を置いたまま伊吹山の神の退治に出かけた日本武尊(やまとたけるのみこと)は三重県の能煩野(のぼの)で亡くなってしまった。
その日本武尊が白鳥となってこの地へ飛び降りたとされるところには白鳥御陵が造られ、またお妃の宮簀媛命が草薙の剣を納めお祀りしたのが熱田神宮といわれている。
源義朝はこの熱田神宮の大宮司、藤原季範(のりすえ)の娘(由良御前)と結婚している。
熱田神宮の道路を隔てたすぐ西には源頼朝の出生地とされる誓願寺が、また、500m程西には白鳥御陵がある。
その他にも、熱田神宮周辺には、断夫山古墳、景清社、藤原師長謫居跡、亀井水、七里の渡し跡など史跡が多い。
 
         
   誓願寺    影向間社   景清社  
源頼朝出生地(誓願寺)
平安時代末期、熱田大宮司藤原氏の別邸があったところで、藤原季範の娘由良御前は、源義朝の正室となり、身ごもって久安3(1147)年熱田の実家に帰り、この別邸で頼朝を生んだといわれる。
門の脇には「右大将源頼朝公誕生舊地」と書かれた石碑が、また境内には、頼朝産湯の井戸がある。

影向間社(ようごうのましゃ)
祭神:熱田大神
神宮の神職を勤めた田島家の敷地内に代々祀られてきたが平成16年に熱田神宮境内に移されている。
草薙の神剣が熱田神宮へ返された時、一時預かったのが田島家であったことから神剣を熱田神宮へ返した後も田島家の邸内に社を建ててお祀りしてきたとのこと。
景清社(かげきよしゃ)
景清は平家の侍大将忠清の次子で、腕力に優れていた。
平家没落後、縁あって熱田の地に隠れ住んだといわれる。
亀井水 藤原師長謫居跡 師長橋・師長小橋
亀井水(かめいすい)
龍泉寺山門の脇にある亀井水は源義朝の産湯の水を汲んだ井戸とも伝えられている。
藤原師長謫居趾(もろながたっきょあと)
太政大臣藤原師長は、平清盛の勘気を被り治承3(1179)年11月井戸田村へ流されて来た。花の朝な夕べ琵琶を弾じて京をしのんだ。
後に出家して妙音院と号したがこれが今の妙音通の地名の起りである。
白鳥御陵 JR熱田駅 地下鉄妙音通駅
白鳥御陵
古くからこの古墳は、日本武尊の御陵との説があり、日本武尊が白鳥となって熱田の宮に飛び来たり、降り立った地であるところから白鳥御陵と名付けられたといわれている。

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